長尾研究室の紹介
Introduction to Nagao Lab.
1. 研究室の方針
長尾研究室は、2002年4月から活動を開始した研究室です。 設立から10年が経過しました。
筆者には、大学および大学院で最も重要なことは、学生が自分の意思で研究活動に参加し、熟考による創造および実践による体験によって学習することである、という強い考えがあります。したがって、この研究室のモットーは、自分のやりたいことをやりたいように(ただし、意味のあるやり方で)やれ、ということになります。
しかし、学生たちを見ていると、自分のやりたいことがわからない、あるいは、そもそもやりたいことなんて特にない、という感覚が大部分を占めているように思われ、自分の理想とする研究室にはなかなか届かない状態です。要するに、学ぶべきことを学ばないまま4年生に、そして大学院生になってしまっ た人が少なくないということでしょう。
大学改革などがそう簡単に進むはずがないということは筆者にもわかることですが、研究室での活動を通して、少しずつでも学生たちの意識を変えていきたいという強い思いが筆者にはあります。やはり、積極的に研究活動に参加できない人が大学院に進む意味はないし、自分が本気でやりたいと思うテーマでなければ、たとえ研究(の真似事)をしたとしても実感を伴った経験にはならないだろうと思っています。
そのために、この研究室で心がけていることは、とことん話し合って自分の研究 テーマを決めること、ゼミでは単なる論文の紹介ではなく、自分のテーマについて考えたことを関連研究の紹介も交えながらじっくり話し合うこと、などです。また、それぞれの抱える問題を研究室全体の問題として位置付けるために、研究成果を常に共有可能にし、メンバーの誰かがシステムを作ったら全員がその使用者(そして被験者)になれるようにしようと考えています。
2. 研究分野
自由にやれと言っても、やはり何かヒントのようなものがないと、研究テーマを まったく思いつかない恐れがありますので、以下のように研究分野を設定 しました。これらは、当然ながら筆者が過去から現在にかけて行ってきた研究テーマ(の一部) です。
- 自然言語処理 人間の言葉の理解と生成に関する研究 具体例:文書処理、自動要約・翻訳、音声対話システム
- 拡張現実感 物理的実体や環境に情報内容を統合する仕組みに関する研究 具体例:拡張図書館、実世界ナビゲーションシステム
- ヒューマンコンピュータインタラクション 人間と機械の相互作用に関する研究 具体例:マルチモーダルインタフェース、実世界指向インタフェース、コミュニティ支援システム
- エージェントテクノロジー 人間と対話する自律的なソフトウェアシステムあるいはロボットに関する研究 具体例:擬人化エージェント、社会的エージェント、対話ロボット
- デジタルコンテンツテクノロジー オンラインコンテンツ(たとえば、電子的な技術文書)を用いた実用的な情報システムに関する研究 具体例:XMLデータベース、アノテーション、トランスコーディング、知識発見
- マルチメディアテクノロジー マルチメディアコンテンツの解析、検索、加工などに関する研究 具体例:ビデオアノテーション、ビデオトランスコーディング、マルチメディア検索
これらのテーマは、この研究室で研究を行う学生にとって重要な指針になり得ると思います。理由は、すべて具体的な応用を指向したテーマだからです。筆者は、少なくとも工学の分野では、理論や技術が将来どのように利用され、それにどれだけの意義があるのかを明確に意識すべきだと思っています。
3. 研究プロジェクト
長尾研究室では、現在のところ以下のような内容の研究活動が行われています。
3.1 個人用知的移動体:搭乗型コンピューティングによる物理環境と情報環境の統合
搭乗型(マウンタブル)コンピューティングは、モバイルコンピューティングやウェアラブルコンピューティングというコンセプトを拡張して、いつでもどこでも情報処理を支援するだけでなく、移動や運搬などの物理的行動も同時に支援しよう というコンセプトです。いわゆる道路交通情報システム(ITS)は無線通信や位置情報取得などの情報技術を導入して、通常の交通システムを拡張しようとするものですが、自動車以外の小型の乗り物(自転車やバイクや車椅子など)を支援する仕組みになっていません。自動車だけでなくこれらの小型の個人用の乗り物を支援する情報技術やインフラは、高度で安全な社会を築くために大いに貢献することでしょう。私たちは、新しい個人用の乗り物として、AT (Attentive Townvehicle)を開発し、それをとりまく物理的情報的環境に関する研究開発を行っています。ATは、人間中心の、状況認識機能を持つ知的な移動体です。人間はATに乗り込むことで、情報システムと一体化し、情報環境と物理環境をリンクします。また、複数のATは協調的に動作することができ、安全に走行できるだけでなく、人間のコミュニティ活動や社会ネットワーク構築も支援します。
3.2 コンテンツアノテーションとその応用:マルチメディアを含むWebコンテンツの高度利用
マルチメディアコンテンツを含むWebコンテンツに対するメタ情報(アノテーション)の作成支援システムとそれを使ったコンテンツの検索・要約・翻訳などの研究です。ブロードバンドネットワークの発展に伴って、マルチメディアコンテンツの流通はますます活発になっていくと思われますので、このような技術は、現在、私たちがWeb検索エンジンに強く依存している状況から見ても、それと同様あるいはそれ以上に重要なものになると思われます。 マルチメディアコンテンツへのアノテーションは、動画像のシーン構造や音声トランスク リプトおよびその言語構造などの情報を含みます。これによって、たとえば、ビデオの意味的な検索や要約などが、これまでの技術より高い精度で実現できます。
3.3 ディスカッションマイニング:ミーティング情報の記録と構造化および知識発見
ミーティングの議事録を半自動的に生成して、日付や参加者の情報から議事内容を検索するだけでなく、現在進行中の議論と類似の議論を過去のデータから探し出したり、ある質問に対する回答を議事録の内容に基づいて生成する方法などについて研究しています。メーリングリストや掲示板などによるオンラインのディスカッションに関しては、これまでにもいろいろな研究がなされてきましたが、実際のミーティングも含めて考えている点が大きく異なります。音声や映像情報も使ってミーティングをさまざまな観点で分析します。これはデータマイニングならぬ実世界における人間活動マイニングの一種と考えることもできるでしょう。
3.4 学術情報マイニング:テクニカルドキュメントからの知識発見
実験データ、資料、ツールや評価法など、多くの研究資源がこれまで構築され、利用されてきました。しかし、現状では既存の研究資源が十分有効に活用されているわけではありません。その理由として、研究資源に関する情報が十分に共有されていないことが挙げられます。このプロジェクトでは、学術論文から研究資源の名称やその定義・用途を自動的に抽出する手法を提案しています。この手法では、研究資源の名称と定義・用途が文内に共起することに着目しており、両種の情報をブートストラップ的に抽出します。すなわ ち、研究資源名は、その形態素的特徴および定義・用途表現に基づき抽出し、研究資源の定義・用途は、手がかり表現および研究資源名を用いて抽出します。大量の学術論文を 用いた抽出実験を行って、この手法の性能を評価しています。
4. その他の研究テーマ
さらに、今後やってみたいテーマですが、特に社会的に重要な意味を持つもので、たとえば教育と医療、さらに交通システムや一般的な共同作業支援に関する以下のようなものです。
- 遠隔教育システム 好きな時間に好きな場所で自分のペースで学習できる仕組みの研究
- 医療情報システム 病気に関する知識を検索したりマイニングしたりするシステムの研究
- 都市交通情報システム 単なる移動手段から、実環境と個人の特質に強く依存した、高度な情報シ ステムに発展させた乗り物とそれを用いた都市交通システムの研究
- 共同創造支援システム 複数の人間が円滑に共同作業をしながら、何かを創造するための理論と実践に関する研究
これらのテーマは、すでに多くの研究者が従事していることから見ても、とても困難な テーマであることがわかりますが、一見複雑に見えることが見方を変えると非常に シンプルな問題として捉えられることはままありますから、きっと多くの人が見落として いるポイントがあるはずです。そういうものをじっくり見つけていきたいと思って います。
5. 研究環境
学生1人につき、デスクトップPC+液晶ディスプレイ、さらにタブレット(iPad)をそれぞれ1台ずつ使えるようにしています。 ただし、デスクトップPCは、自分でパーツを選んで作ってくれる人にのみ提供します。
共用マシンとしては、サーバー室にラックマウントのサーバーが 複数台あり、ネットワークを使った多様な実験が可能になっています。
研究室には、学生スペース、ミーティングスペースの他に「和室」と呼ばれる、みんながくつろいだり、工作をしたりするスペースがあります。「和室」には 畳があって落ち着けます。学生スペースには、冷蔵庫と電子レンジがあり、みんなの生活空間となっています。今後は3Dプリンタなどを揃えて、ちょっとした工房を作ろうと思っています。
まだまだ、理想的な研究(および居住)環境にはほど遠いですが、少しずつでも、みんなで気持ちよく研究ができるスペースにしていきたいと思っています。