エージェント拡張現実感:実世界と情報世界を統合するエージェント
概要
インターネットのようなワールドワイドな情報発信と受信の基盤が整いつつあることが背景にあり、情報空間あるいは情報世界という考えが生まれている。これは、電子メールや電子掲示版、さらに電子図書館のような、コンピュータネットワークを用いて、情報をやりとりしたり、蓄えたり、加工したりする環境である。つまり、情報世界とは、人間が実世界とは異なる、ある意味で間接的な様式で関わりを持つ世界である。
将来、人々が実世界から情報世界に活動の幅を広げていくことになると、その両者を結び付け、実世界での生活に情報世界での活動をうまく反映させてやることが必要になってくるだろう。本稿では、そのような試みの例として、拡張現実感と、筆者の提案するエージェント拡張現実感について述べる。
拡張現実感(augmented reality)とは、もともとは仮想現実感から派生した研究領域で、実世界の映像に仮想的な物体の映像を重ね合わせるという発想に由来している。拡張現実感の研究は、透過型ディスプレイを用いて実世界の映像に仮想世界のCG映像を重ね合わせることから始まっている。このような考えは、1968年のSutherlandによる戦闘機のコックピットの研究にまで遡ることができる。また、仮想現実感にイマージョン型(Head-Mounted Displayを使って、仮想世界に没入するタイプ)の他にフィッシュタンク型(水槽を覗くように、実世界からディスプレイに写った仮想世界を見ているタイプ)があるように、拡張現実感にも、透過型ディスプレイを使って実世界に情報世界を映像として重ねる以外の方法が考えられる。そのアイディアは、より一般的な情報の重ね合わせ、あるいは、情報提示の同期による相互補完という方向に発展してきている。たとえば、カーナビゲーションのような形態である。
カーナビゲーションシステムは、実世界における現在位置と地図(情報世界)上の現在位置の間に常に関連を持たせ、現在位置とユーザーの目的に関連のある情報を提示することができる。このようなシステムは、実世界を情報的に拡張しているという意味で一種の拡張現実感と言える。
さらに、筆者はいわゆるソフトウェアエージェントの技術を用いて、拡張現実感のアイディアを発展させている。それをエージェント拡張現実感(agent augmented reality)と呼ぶ。それは、エージェントの自律性や能動性を、拡張現実感の機能である実世界の認識や状況依存の情報処理に導入して、より広範囲な情報サービスに応用しようという試みである。例として、買物支援や道案内(と現在位置周辺の情報案内)という、日常生活に密着したものがある。
エージェント技術を使って情報サービスをするシステムには、たとえば、ジェネラルマジック社のテレスクリプトがある。テレスクリプトは、分散された処理環境にプログラムを転送し、実行させる仕組みで、テレスクリプト言語というプログラミング言語で書かれたプログラムをエージェントと呼んでいる。プレースと呼ばれる処理環境はテレスクリプト言語のインタープリタで、複数のエージェント間のメッセージ交換をサポートしている。
エージェント拡張現実感は、エージェントプログラムに実世界の状況認識能力を持たせ、人間とのインタラクション、また他のエージェントとのコミュニケーションを可能にして、ユーザーの実世界状況に依存した情報サービスを行なう枠組である。