議事録に基づく知識活動サイクルの活性化

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土田 貴裕
名古屋大学 大学院 情報科学研究科
友部 博教
名古屋大学 大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 大学院 情報科学研究科

概要

ある特定のテーマに対して継続的にアイディアを生み出し、知識として理論化・具体化する知識活動が広く行われている。本論文では、アイディアや知識に関する議論を中心とした4つのフェーズのサイクルとして知識活動のモデル化を行い、知識活動を支援するシステムの構築を目指す。

1 はじめに

企業におけるプロジェクトや大学研究室の研究活動のように、ある特定のテーマに対して継続的にアイディアを生み出し、知識として具体化・理論化する知識活動が広く行われている。知識活動を行う過程の中には調査や開発、検証といった様々なプロセスが存在する。これらのプロセスを繰り返し行うことで知識活動は活性化していく。

様々なプロセスの一つである議論は、知識活動を活性化させるプロセスの中でも特に重要であると考えられる。なぜなら、個人もしくはグループという閉じたコミュニティの中で創出されたアイディアはそのコミュニティの志向に偏ったものであり、コミュニティの中では存在しなかった別の視点からの捉え方が存在する可能性があるからである。そこで、自分たち以外のコミュニティに向けて、テーマに関するアイディアを発表し、そこから議論が発生することで、多角的な視点からフィードバックを得ることができ、今後のプロセスの方針を整理することができる。

しかし、時間の経過とともに議論の内容を忘れてしまう・様々な意見が無秩序な状態で存在するなどの問題があるため、議論の内容を議事録として記録することが広く行われている。議事録を作成・公開することによって、議論に参加した人だけでなく、議論に参加できなかった人にもその時どのような議論が行われていたかを把握することができる。また、発表者は議事録によって、自分の発表で不足していた点を振り返ることで、次の発表をより良いものにしていくことができると考えられる。

議論の内容を機械的に記録するシステムに関する研究は過去に数多く行われてきている。議論の詳細な情報を取得するために取得する方法もテキストだけでなく、資料や映像・音声を組み合わせるなどその種類は多岐に渡る。しかし、これらのシステムは議事録を作成することに重点を置いており、議事録を用いた応用は検索や要約のように実際にどのように使われるかまでの考慮に重点が置かれていない。しかし、知識活動を支援するためにはどのように議事録を作成されるかだけでなく、どのように利用されるのかということまで考慮する必要がある。

本研究では、議事録を作成するだけでなく活用する段階まで考慮した上で、知識活動を活性化させることを目的としている。具体的なアプローチとして、まず議論を取り巻く複数フェーズのサイクルとして知識活動をモデル化し、各フェーズにおける人間と議事録との関係を分析する。次に、各フェーズに応じた議事録のインタラクティブな操作について検討し、知識活動の活性化を支援するシステムの構築を目指す。

2 知識活動サイクルのモデル化

議事録に基づく知識活動の活性化を行う際に考えなければならないことは、知識活動の中には様々なフェーズが存在しており、それぞれのフェーズにおいて議事録と知識活動との関係が異なるという点である。そのため、知識活動を支援するシステムを構築する前段階として、以下に示す4つのフェーズのサイクルとして知識活動をモデル化した。本研究では、このようなサイクルによって知識活動が行われるモデルをDRIPモデルと呼ぶ。

  • Discussionフェーズ

  • Ruminationフェーズ

  • Investigationフェーズ

  • Preparationフェーズ

Discussionフェーズでは、テーマに関するアイディアや知識を他者に対して発表し、共有することで多角的な視点から議論を行う。議論の中で行われた様々な意見やアドバイスの中には、知識活動を行っていく上で非常に有益なものが存在する。これらの発言を調査や開発、検証といった様々なプロセスに活用していくために、Ruminationフェーズにおいて議論内容の整理を行う。本研究では、有益な発言を取捨選択することで議論内容を整理することができると考えている。Investigationフェーズでは、このようにして整理された議論内容をもとに様々なプロセスを行っていく。発表中に指摘された箇所を調査したり、アドバイスに基づいて開発を行ったりすることで、新しいアイディアを創出し、知識として理論化・具体化していく。様々なプロセスを通じて発生したアイディアや知識は、形式・論理的言語で表現できない暗黙的な概念として存在している。これらの概念は再びDiscussionフェーズにおいて発表することで新しい議論を生み出し、結果としてさらなるフィードバックを得ることができる。そのためにPreparationフェーズでは、効率的にアイディアや知識を共有するために発表資料を作成する。学会で発表を行うためにスライドを作成することがその一例である。

DRIPモデルは、上記の4つのフェーズを1つのサイクルとして図のように繰り返し行われることで知識活動が活性化していく過程を表している。次章では、このDRIPモデルと議論内容を記録した議事録との関係を分析し、知識活動を支援するシステムについて述べる。

知識活動におけるDRIPモデル

図1: 知識活動におけるDRIPモデル

3 知識活動支援システム

DRIPモデルにおいて、議論の内容を踏まえた上で様々なプロセスを行うことは非常に重要なことである。しかし、ここで問題となるのは以下の点である。

  • 時間の経過とともに議論の内容を忘失してしまう

  • 有益な議論が存在したことは覚えているが、参照するためのインデックスが存在しないため、探すことが困難である

この観点から見て、議事録にどのような情報を付与するかが重要になってくる。また、閲覧時にユーザが自分の解釈を議事録に付与することで、効率的に議論内容を振り返ることができると考えられる。そして、実装や検証・考察などのプロセスから生み出されたアイディアなどを次の発表に取り入れることで、議論の活性化を促すことが期待できる。ここでは、DRIPモデル内の各フェーズにおいて、議事録に基づいて知識活動を支援するシステムについて述べる。

3.1 Discussionフェーズ:議事録の作成

様々なプロセスにおける議論内容の効率的な閲覧を実現するためには、議事録の記録形式から考慮する必要がある。そこで我々は、議論内容をテキスト情報や映像・音声情報を組み合わせたマルチメディア議事録として半自動的に記録し、そこから人間にとって再利用可能な知識を抽出するディスカッションマイニングと呼ばれる技術を研究・開発している

ディスカッションマイニングでは、図のようなディスカッションルームに設置された複数のカメラとマイクロフォン、Webブラウザベースのツールを用いることで議論の内容を記録することができる。発表者は専用ツールを用いて、自分が発表資料として用いるスライドやスライドの切り替えるタイミングなどを伝達することで、自動的にこれらの情報を記録する。また、議論の参加者は議論札と呼ばれる札型のデバイスによって、発言者のIDと発言タイプを伝達し、書記が発言内容を入力することによって議論の構造化を行う。また、議論札を使用した時間から発言の行われた時間区間を取得することで、発言ごとに映像・音声情報をセグメントすることができる。このようにして作成された議事録はXMLとMPEG-4によるマルチメディア議事録としてデータベースに記録される。記録された議事録は図のようにWebブラウザを用いて容易に閲覧することができる。

知識活動において議論は繰り返し行われるものであり、作成される議事録の数は次第に増えていく。しかし、作成された議事録内の全ての発言は同等の重みで扱われるため、自分にとって知識活動を行う上で有益な発言がどの議事録に含まれているのかが分からなくなる可能性がある。つまり、自分が有益であると判断した発言に対して何らかの情報を付与する仕組みが必要となる。ある発言が自分にとって有益であるという判断は議論中に行うものと議論後に行うものがあると考えられる。そこで議論中に有益であると判断した発言は、ボタンデバイスを用いることによってマーキング情報を付与することができる。マーキング情報が付与された発言は議事録の閲覧時に他の発言と区別できるように強調されている。この情報は次節で述べるRuminationフェーズにおいて有益な発言の取捨選択を行う際に一つの指標として用いることができる。

ディスカッションルーム

図2: ディスカッションルーム

作成された議事録

図3: 作成された議事録

3.2 Ruminationフェーズ:議論内容の反芻

前節で述べたように、議論を繰り返し行うと有益な発言の存在が分からなくなる可能性がある。また、作成された議事録内の発言は時系列に並んでおり、議論内容を振り返るという目的に適していないと思われる。そこで本研究で提案するシステムでは、知識活動を行う上で効率的に有益な議論を振り返ることができるように議論内容を整理する支援を行う。

Discussionフェーズで付与したマーキング情報によって議論中に「その発言は自分にとって有益である」と判断した情報を付与することができた。しかし、議論中には気づかなかった有益な発言の存在に議論の内容を振り返ることで気づくことも想定される。ディスカッションマイニングでは発言の時間や内容の他に発言者のIDや発言タイプといった様々なメタデータの取得も行っており、これらのメタデータを学習させることによって発言の重要度を推測することも可能である。システムが推測した重要度をマーキング情報と同時に提示することによって、議論中に気づかなかった有益な発言を発見することを支援することができる。図の閲覧インタフェースを用いて、議事録と共にこのような情報を参照した上で、ある発言が有益であると判断したら、インタフェース右側にあるアイコンを選択する。すると図のようなウィンドウが表示される。このウィンドウを用いて、選択した発言に対して様々な情報を付与する。

Discussionフェーズで付与したマーキング情報には、どのような観点から見て選択した発言が有益であるのかという情報が付与されていない。そこでユーザは右上にあるモジュールを用いて、選択した発言がどのような観点から有益であるのかという属性を付与することができる。この属性情報はユーザがテキストで自由に入力し、過去に付与した属性だけでなく新しく追加することができる。このようにして時系列順に並んでいた発言を意味内容に基づいて整理することが可能となる。

また、発言内容は書記によって入力されるため、その記述の仕方には発言を正確に書き起こそうとしたり、内容を補いきれず単語だけ書き残したりするなど個人性が存在する。そのため、記録された発言内容には必要とする文が欠けていたり、誤った解釈がされていたりする可能性がある。そこでユーザは右下にあるテキストボックスに発言内容の要約を記述することができる。テキストとして記述することには、不足している内容を補足すること以外に議論内容を反芻することができるという利点が存在する。

発言に対するメタ情報付与

図4: 発言に対するメタ情報付与

3.3 Investigationフェーズ:議論内容の活用

Investigationフェーズでは、過去の議論内容を踏まえつつ、調査や開発、検証といった様々なプロセスを行う。それらのプロセスから創出されたアイディアや理論化・具体化された知識は次の議論で提示されることで議論が活性化され、結果的に新たなフィードバックを得ることが期待できる。そのためには、過去に行われた有益な発言を効率的に閲覧でき、さらに様々なプロセスから発生したアイディアや知識を記録することが求められる。本節では、この2点を実現する方法について述べる。

Ruminationフェーズでメタ情報が付与された発言はWebブラウザを用いて容易に参照することができる。全ての発言はサブテーマによって整理されており、過去に行われてきた様々な発言を同様のサブテーマごとに閲覧することができる。メモや映像・音声情報を閲覧することによって、詳細な議論内容を振り返ることで、様々なプロセスにおける指針を把握することが期待できる。

このようにして議論内容を意識しながら様々なプロセスを行うことで生じた新しいアイディアや知識は、形式化されなければ議論内容と同様に時間の経過とともに忘失してしまう。そのため、本システムでは図のようなインタフェースを用いて、新しいアイディアや知識をWiki形式で記録することで知識活動の形式化を実現している。また、これらのアイディアや知識も蓄積されると、過去にどのような記録を残したか分からなくなるので、発言を整理する際に利用したサブテーマごとに整理する。

知識活動の記録インタフェース

図5: 知識活動の記録インタフェース

3.4 Preparationフェーズ:発表資料の作成

様々なプロセスを通じて蓄積されたアイディアや知識を発表資料に過不足なく盛り込むことは、その議論を活性化させ、知識活動へのフィードバックを高めるという点で有効なことであると考えられる。そのため、本研究で提案するシステムではInvestigationフェーズで蓄積したアイディアや知識を利用して発表資料の作成を支援する機能も備えている。ここでは以下のような流れで発表資料を作成することを想定している(図)。

  1. どのように発表を行うかという構成を作成する

  2. 蓄積したアイディアや知識をインポートして発表内容を完成させる

  3. 作成された発表内容に基づいて発表資料を生成する

ユーザは最初に、発表をどのような流れに基づいて行うかという構成を作成する。研究活動を例とすれば、「背景・目的→アプローチ→実験結果→考察→まとめ→今後の課題」という構成が考えられる。また、過去に用いた構成を再利用することも可能である。

これまで蓄積したアイディアや知識を発表資料に取り込むために、本システムではアイディア・知識のインポートと呼ばれる機能を備えている。発表構成を記述するテキストエリアの左側には属性の一覧が表示されており、その中の属性を選択するとその属性に関連付けられたアイディア・知識や発言のリストが現れる。このリストは過去に行った発表からの差分を表示することができ、同じ参加者で継続的に議論を行うようなコミュニティでは進捗報告のための資料作成に適している。発表資料に必要となるアイディア・知識や発言を選択し、インポートを行われると発表構成を記述するテキストエリアにその内容が挿入される。ユーザはこの作業を繰り返し行うことで発表内容を完成させていく。

作成された発表内容を送信すると、システムはXMLベースの中間言語を生成し、その中間言語から生成されたMicrosoft PowerPoint文書をブラウザベースでダウンロードすることができる。中間言語を生成することで論文や報告書といったPowerPoint以外の資料を作成することができると考えられる。この中間言語にはアイディア・知識や発言のインポートに関する情報が保存されている。つまり、この中間言語から生成される資料には作成に用いられた情報に対するリンクを持つことができる。

発表資料作成までの流れ

図6: 発表資料作成までの流れ

4 まとめと今後の課題

本研究では、知識活動を行う上で重要な役割を持つ議論というプロセスに着目し、議事録に基づく知識活動の支援を実現するために以下のことを行った。まず議事録と知識活動との関係を明確にするためにDiscussion、Rumination、Investigation、Preparationという4つのフェーズからなるサイクルとして知識活動をモデル化した。そして、このモデルに基づいて、知識活動を支援するためのシステムを構築した。このシステムを用いることによって4つのフェーズが効率的に繰り返し実行でき、知識活動の活性化を実現することができる。

今後の課題として以下の点が挙げられる。

4.1 議論を促進する仕組みの実現

DRIPモデルでは議論を行うことによってフィードバックを得ることが非常に重要な意味を持つ。つまり、議論を促進することによってよりフィードバックを得ることができるはずである。そのため、本研究で構築したシステムで得られた情報を利用して議論を促進する仕組みが考えられる。

Preparationフェーズにおけるインポート機能を用いることで、発表に用いられる発表資料は、どのような背景のもとに作成されたのかという情報を持つことが可能になる。この情報を発表者に提示することによって発表の支援を、また参加者に提示することによって発表内容のより深い理解の支援を実現できるだろう。そのためには、本研究で提案したシステムで作成された発表資料とディスカッションマイニングが連携して動作することが求められる。

4.2 グループの知識活動支援

本研究で対象とした知識活動は個人によって行われるものに限定している。しかし、現実には個人だけでなく複数の人間がグループを形成して知識活動を行うことが考えられる。グループで知識活動を行うためにはグループのメンバー全員がテーマに対する取り組み方やお互いの進捗状況を把握していることが必要になってくる。メンバーが同じ知識を共有するために会議を開くことが広く行われている。そこで行われた議論の内容を効率的に利用できるために、グループの知識活動を支援する方法が必要となる。

4.3 議事録以外のドキュメントの利用

本研究では知識活動を支援するための一つのアプローチとして議論に着目し、そこから作成される議事録の利用に関して考察を行ってきた。しかし、知識活動には議論の他にも調査や開発、検証といった様々なプロセスが存在する。つまり、議事録だけでなく、それ以外のドキュメントも活用することによって知識活動をさらに活性化できると考えられる。具体的には調査において参考になったWebページなどが挙げられる。