創造的議論の再利用を促進するカジュアルミーティングシステム

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伊藤 周
名古屋大学大学院 情報科学研究科
土田 貴裕
名古屋大学大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 エコトピア科学研究所
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

1 はじめに

個人の知識活動をモデル化した研究には様々なものがあるが、國藤の提唱するモデルは 思考のプロセスを発散的思考、収束的思考、アイデア結晶化および評価・検証の4つサブプロセスに分割している。 研究活動ではそれぞれのサブプロセスにおいて会議を行い、他者から意見を集める行為が行われている。 特に、発散的思考と収束的思考を繰り返す会議については、従来の会議支援手法では十分に支援されているとは言い難い。 発想支援手法では収束的思考の過程を記録する支援が不十分であり、会議成果を再利用可能な記録として残すことが困難である。 また従来の手法では、議事録に構造情報を付与する手間が大きく、参加者の発散的思考を阻害せず再利用に適した議事録を作成することは困難である。

本研究は、発散的思考と収束的思考を繰り返す議論の成果を有効に再利用することで、知識活動を支援することを目指している。 本論文ではこの議論を創造的議論と呼ぶ。 本論文で提案するカジュアルミーティングシステムを用いることで、 参加者の創造的議論を阻害することなく詳細な記録を行うことができるようになる。 また、会議成果のまとめと議事録の構造化のためのReflectionと呼ばれる作業を行うことで、 創造的議論の再利用を促進するための議事録作成が可能になる。

2 創造的議論と構造化議事録

2.1 創造的議論の利点

一般に、発散的思考と収束的思考が十分に行われておらず、問題点や解決策などについて十分な考察がされていない状態では、会議の生産性が上がらないことが多い。 そこで、事前に少人数で発散的思考や収束的思考をする創造的会議が行われている。 この会議は3-5人程度の少人数で行われるため、多人数で行う場合に比べ時間に関するコストが低くなる。 また、より自由な発言が許容されるため、アイデアを出し合い洗練させる場合に適している。

神田らは、グループによる発想法では、個人による発想法で行われる発散段階と収束段階に対し、他者から評価が行われ、 よりよいアイデアを求める行為が行われると述べている。 事前に創造的会議を行うことにより、何をどれだけ話し合うべきなのかを明確にすることができるようになる。 そのため、後の会議にて多人数で議論をする必要がある場合でも効率よく会議を運営することができる。

2.2 創造的会議における問題点

創造的議論の成果とは、例えば議題などの問題提起に対して参加者から得られた解の候補などのアイデアだけではなく、 そのアイデアを評価する根拠等の文脈も含む。 したがって、創造的議論の成果を有効利用するためには、その文脈を含めて記録する必要がある。

効率よく参加者から意見を集めるための発想支援手法では、収束的思考がどのような経緯で行われたのかが記録されず、 その成果を有効に再利用できるとは言い難い。 そこで、会議を映像・音声を含めて記録することで会議の文脈に含まれる知識を再利用することを目的とした マルチメディア議事録および構造化議事録の作成・利用手法が研究されている。 しかし、これらの手法では議論構造を付与する作業が容易に行えるものではないため、 議事録作成の手間が大きく、気軽に発言を行うことが難しくなり発言が抑制されてしまう。

3 カジュアルミーティングシステム

われわれはこれまでに、この創造的会議の特徴に合わせた会議記録システムであるカジュアルミーティングシステムを提案してきた。 そこでは、参加者の発言を妨げないという観点から、ほぼ暗黙的に獲得可能な、映像・音声情報に加えホワイトボードのストローク情報、 発話区間、発言内容を表したテキストを図に示したようなインタフェースを用いて記録し、 会議記録を効率よく利用する手法を提案した

記録インタフェース

図1: 記録インタフェース

3.1 議事録の作成時における問題点

しかし自動的に記録を行うこと、および書記による記録のみを検索の手がかりとして利用するためには次のような問題点がある。

  • 書記による記録の困難さ

    発言内容をテキストとして全て書き起こすことは、議論の制御を行わない場合は極めて困難である。 そのため、重要なものに絞り記録を行う必要がある。

  • 重要発言抽出の要求

    映像・音声を閲覧する際の手がかりとして、会議で話し合われた要旨を列挙することが望ましい。 しかし、創造的議論を複数の意味的なまとまりに正確に分割することは困難であるため、 参加者が進行中の会議に対して明示的に構造情報を記録することは難しい。

従来のカジュアルミーティングシステムではキーワードの入力とその頻度によるトピックの分割手法を提案したが、 解決策や評価を行う際の基準に該当する発言内容について、 参加者が重要であると評価し検索に利用するための情報を付与することができなかった。

3.2 Reflectionによる議事録の構造化と再利用の促進

この問題を解決するために、本論文では会議中あるいは会議直後に議論内容を想起し、 問題点や解決策、評価等についての記録を補うReflectionと呼ばれる作業をシステムを用いて支援する手法を提案する。

会議内容を忘却する前に議事録に情報を付与することで、議事録に含まれる知識の再利用性が向上すると考えられている。 会議直後であれば、ホワイトボードに描画した図や文字および不十分なキーワード情報からも会議内容を想起することができ、 重要な箇所を抽出することで不足した情報を補うことができると考えられる。

そのために、図に示したインタフェースを用いて会議中に記録した情報から会議の要点を抽出し、 ストローク情報と関係付けることで時間情報およびテキスト情報を記録する。 大型ディスプレイに表示されたストローク情報をドラッグ操作で選択することで、タイムラインの該当する時刻がハイライト表示される。 図にしたように、選択されたストローク情報と発話区間、時間情報を含むテキスト記録を合わせたタイムライン表示を利用し、 映像・音声情報を検索し閲覧することができる。 これらの機能を利用して議論の開始点を決定し、テキスト情報を付与することで、開始点の時間情報、ストロークの形状と時間情報、 そしてテキスト情報を関係付けることができる。この関係付けられた情報の組をマークと呼ぶ。

このように議事録を構造化することで、テキスト情報を補い検索し易くすることができる。 また、要点をマークとして列挙することで、参加者が会議内容を把握し易くする。 そして、時間情報を利用し映像・音声を閲覧することで、重要な議論のみ閲覧することができるようになる。 更に、複数のストローク情報を関係付けることで、図形の検索や再利用性を向上させることができると考えられる。

Reflection時における議事録の構造化

図2: Reflection時における議事録の構造化

4 評価と考察

本システムを用いてReflectionを行うことにより、会議内容を正確に想起する時間が短縮できることを検証するために、実験を行った。 今回の実験では、6人の被験者に本システムを使用しながら議論をしてもらい、 会議後に議論内容の要約文について穴埋め形式で回答をしてもらった。 議題は「投票率を上げる方法を考える」等、必ずしも明確な答えを持たないものを設定した。 また会議後は2人ずつ3つのグループに分け、Aグループは会議後そのまま解散し、 BグループとCグループは10分間Reflectionを行い会議の要旨を記録する時間を設けた。 その際Bグループはホワイトボードの写真と映像・音声を用いメモをさせ、 Cグループは図に示した記録インタフェースを用いて記録をさせた。 そして会議後およそ2週間後に平均20問の設問に30分以内で回答してもらった。 このとき、グループAおよびBはマークの情報は用いずビデオ閲覧機能のみ利用可能にした。

この会議と回答の組を4回行った結果を表に示した。 この結果から、システムを使用しない場合にはReflectionを行っても正答数の増加は見られなかったが、 システムを利用してReflectionを行ったグループは最も高い正答数となった。 また、会議ごとの正答数の偏差値の平均をグループ別に求め、その分散を調べたところ、 グループAが最も大きく、グループCが最も小さくなった。 これは、グループAは正答数のばらつきが大きいことを示している。 したがって、システムを使用してReflectionを行うことで平均して高い正答数を得ることが期待でき、 より効率よく議論内容を検索することが可能になると考えられる。

5 まとめと今後の課題

本研究では創造的議論を対象とし、マルチメディア議事録を作成することで 議論の内容把握を支援するカジュアルミーティングシステムを提案した。

今後の課題としては、他のコンテンツおよび記録との連携とそれに基づく議論支援、 および本システムを用いて記録した情報を利用したサマリー作成支援などが挙げられる。