会議コンテンツの再利用に基づくプレゼンテーション作成支援

PDF
土田 貴裕
名古屋大学大学院 情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学 エコトピア科学研究所
長尾 確
名古屋大学 情報メディア教育センター

1 はじめに

大学研究室の研究活動において,ゼミは非常に重要な役割を果たしている.学生が自身の研究活動の内容や進捗に関して発表を行うことで,参加者は発表者の研究活動を理解するだけではなく,新しい考えを見聞きしたり,既存の考え方を新しく捉えなおすこともできる.そして発表者は,参加者と議論を行うことによって,自分だけでは対処できなかった問題に対する解決策を獲得できる.このようにゼミから得られるものは多いだろう.

そして発表者は,ゼミ中に紹介された関連研究に関する文献を調査したり,新たに指摘された問題点に対して考察を深めるといったように,ゼミから得られた議論に基づいた活動を通じて新たな知見やアイディアを得る.そして,新たに得られた知見やアイディアについて再び発表を行うことによって,研究活動は進展していく.

われわれは,研究活動の中心的役割を果たしているゼミをコンテンツとする仕組みについて研究を行っている.これは,ゼミの風景を複数のカメラとマイクで収録し,議論構造をメタデータとして抽出したマルチメディア会議コンテンツとしてオンラインで閲覧可能にする仕組みである.

われわれの研究テーマは,蓄積された会議コンテンツを閲覧するだけでなく再利用することによって,会議コンテンツの利用価値を高めることである.本研究では,会議コンテンツの再利用の一つの例としてプレゼンテーション資料(以下では単にスライドと呼ぶ)作成を支援する仕組みを紹介する.

本稿では,まず会議コンテンツの再利用とスライド作成との関係について述べ,次にゼミの風景を会議コンテンツとして記録する仕組みについて述べる.さらに作成された会議コンテンツを再利用することによってスライド作成を支援するシステムであるDRIP(Discussion-Reflection-Investigation-Preparation)システムについて述べる.そして最後にDRIPシステムによってもたらされる効果について述べる.

2 会議コンテンツの再利用とスライド作成

研究室における会議であるゼミは,研究活動を行う上で重要な役割を果たしている.会議には,発表を通じて新しい考えを見聞きしたり,既存の考え方を新しく捉えなおすことができたり,個々人の力を持ち寄ることでシナジーを引き起こしたりする可能性を持っている.このような会議はコンテンツとしても有効であると考えられる.

近年,議論内容を議事録として記録する研究が数多く行われている.Leeらは議論の様子を音声・映像情報として記録し,機械処理によるインデックス情報の付与を行っている.またChiuら\は音声・映像情報の他にも発表時に利用されたスライド情報を組み合わせた議事録の作成を行っている.

しかし,これらのシステムは議事録を作成することに重点を置いており,実際にどのように使われるかまでについての考察が乏しい.会議コンテンツはさまざまな知識を獲得する可能性を持っている.たとえば,ある提案に関する参加者の意見の違いから,その提案の持つ多様な側面が推論されたり,異なる会議で似たような質問が繰り返された時に,その回答と合わせたFAQが作成されたりする.多様な可能性を持つ会議コンテンツを閲覧するだけでなく,調査や実験,検証といったさまざまな活動の中で再利用していくことによって,その価値は高まっていくだろう.

本研究では,発表内容を効果的に伝達する手段であるスライドの作成において,会議コンテンツの再利用を行う.研究活動におけるゼミは,一度行えばすべての問題が解決するわけではなく,何度も繰り返し行われるものである.そのため,「過去のどんな議論に基づいて発表を行うか」という情報を盛り込んだスライドを作成することで,参加者の発表内容に対する理解が促進され,より深い議論を行うことができると考えられる.また,過去の議論を踏まえた発表をしていることが分かりやすくなるため,冗長な議論の繰返しを防止することができる.さらに,作成されたスライドに対して更なる議論を行うことで,過去の議論とのつながりが生まれる.これを繰り返すことによって,過去の議論は未来に活かされ,自然にアイディアが熟成され,人々の知恵が集約されていくと考えている.

3 会議コンテンツの作成

再利用可能な会議コンテンツを作成するためには,その記録形式から考慮する必要がある.そこでわれわれは,ゼミにおける活動から映像・音声情報やテキスト情報、メタデータなどの実世界情報を獲得し、それらを統合して構造化し、会議コンテンツと呼ばれる再利用可能な知識を構築するための技術であるディスカッションマイニングという技術の研究・開発を行っている.

ディスカッションルーム

図1: ディスカッションルーム

ディスカッションマイニングでは,図のようなディスカッションルームに設置された複数のカメラとマイク,Webブラウザベースのツールを用いることで議論内容を記録することができる.発表者は専用ツールを用いて,自分が発表資料として用いるスライドやスライドの切り替えるタイミングなどを伝達することで,自動的にこれらの情報を記録する.また参加者は,ゲームコントローラであるWiiリモコンによって発言者のIDと発言タイプを伝達する.Wiiリモコンを使用した時間から発言の行われた時間区間を取得することで,発言ごとに映像・音声情報をセグメントすることができる.

会議やミーティングの記録から話題を抽出する古田らや栗原らの研究に見られるように,一般に会議コンテンツは話題単位で閲覧することが多い.そのため,ディスカッションマイニングでは,Wiiリモコンによって伝達される発言タイプとして「導入」「継続」の2種類を用意している.新しい話題の起点として発言する際には「導入」を,現在進行している話題と関連する発言をする際には「継続」を上げる.これを繰り返し行うことによって,図のように「導入」発言に「継続」発言が連なる形式の発言集合が複数生成される.本研究ではこの発言集合を議論セグメントと呼んでいる.

議論セグメント

図2: 議論セグメント

書記は,Webブラウザベースの専用ツールを用いて発言内容の記録を行う.このツールは前述のWiiリモコンと連動しており,参加者が入力した情報が随時追加されていく.参加者がWiiリモコンから情報を発信すると,書記ツールに発言者と発言タイプの付与されたノードが生成される.書記はこのノードを選択し,テキストを入力することで発言内容を記録することができる.このようにして作成された情報はXMLとMPEG-4による会議コンテンツとしてデータベースに記録される.

ディスカッションメディアブラウザ

図3: ディスカッションメディアブラウザ

蓄積された会議コンテンツは,ディスカッションメディアブラウザと呼ばれるWebブラウザベースのインタフェースによって閲覧することができる.ディスカッションメディアブラウザの構成を図に示す.ディスカッションメディアブラウザは,参加者の発言中の様子やスクリーンの映像といった詳細なゼミの映像を,ユーザの閲覧要求に合わせながら視聴することができる.たとえば,層状シークバーではゼミのタイムテーブルに合わせた議論要素の俯瞰やキーワードの頻度分布を見ることができる.また,発言に含まれているキーワードや発言者をキーにして検索を行えば,詳細な発言シーンを再生することができる.

4 DRIPシステム

本研究では,ディスカッションマイニングシステムによって作成・蓄積された会議コンテンツを再利用するための仕組みであるDRIP(Discussion-Reflection-Investigation-Preparation)システムを提案する.DRIPシステムはデスクトップアプリケーションとして構築されており,常にサーバと通信をしながら,ユーザから入力された情報の登録や,ユーザに対するメッセージの提示を行うことができる.DRIPシステムの持つ機能としては,会議コンテンツの要約・分類,会議コンテンツに基づく新たな知見やアイディアの記録,スライド作成がある.以下ではそれぞれの機能について説明する.

4.1 会議コンテンツの要約・分類

一度議論中に指摘されたことを保留してしまうと時間の経過とともにその存在自体を忘れてしまい,結果として放置されたままの議論が生まれる可能性がある.そのためわれわれは,議論が終わった後にその議論内容を要約・分類する仕組みが必要だと考えた.

DRIPシステムで会議コンテンツの要約・分類を行うためのインタフェースを図に示す.議論の中には,発表者の研究活動において重要な役割を果たす発言や質疑応答のように瑣末な発言が混在している.そのため,ユーザはまず会議コンテンツに含まれる議論セグメントの中から重要な発言だけに対してマーキングを行う.このマーキングは議論後だけでなく,議論中に行うこともできる.

会議コンテンツの要約・分類インタフェース

図4: 会議コンテンツの要約・分類インタフェース

マーキング情報には,どのような観点から見て選択した発言が有益であるのかという情報が付与されていない.そこでユーザはマーキングした発言がどのような観点で重要であるのかというタグを付与することができる.このタグはユーザがテキストで自由に入力し,過去に付与したタグだけでなく新しく追加することができる.もし要約・分類を行っていない会議コンテンツが存在している時は,そのことをDRIPシステムがユーザに対して警告することによって会議コンテンツが放置されてしまうことを防ぐ.

4.2 議論を踏まえた活動内容の記録

ゼミ中に紹介された関連研究に関する調査や指摘された問題点に関する考察から得られた知見やアイディアは,その後の発表において重要な情報となる.そのため,議論を踏まえた活動内容の記録を行う.これらの情報は,日常の研究活動のログとして自動的にすべて収集されることが望ましいが,そのためのプラットフォームを実現することは困難なため,調査や考察といったタスクを通じて得られた知見やアイディアをユーザがシステムに入力する方式を採用した.

またわれわれは,様々なタスクを通じて生み出された知識と,その知識が生まれるきっかけとなった議論とをリンクさせることが重要であると考えている.スライド作成時にリンク情報を参照することによって発表者は発表内容を整理することができるからである.また,ゼミ中にリンク情報を提示することによって,自分が過去に行った発言が発表者の研究活動に活用されていることを確認できるため,参加者のモチベーションを上げることにもつながると考えられる.さらに,リンク情報の付与されていない議論を提示することによって,重要であるに関わらず放置されてしまった議論を減らすこともできる.

DRIPシステムでは,要約・分類された会議コンテンツに基づいて新たに生まれた知識をノートとして記録することができる(図).会議コンテンツビューの下にあるボタンをクリックすると,ノートを記述するためのウィンドウが開く.その際,会議コンテンツビューとノートを記述するためのウィンドウの間には,リンク情報を示す矢印が表示されており,どのノートがどの議論に基づいて記述されたかを確認することができる.またすでにあるノートのウィンドウに別の会議コンテンツビューをドラッグすることによって関連付けを行うこともできる.

ノート編集インタフェース

図5: ノート編集インタフェース

そのウィンドウ上でノートの記述を行い,保存ボタンをクリックすると,その情報がサーバへ送信され登録される.サーバ上ですべての情報を管理しているため,異なるPC間でも同期をとることができる.会議コンテンツの分類・要約のし忘れを防ぐのと同じように,長期間ノートに引用されていない,もしくは閲覧されていない会議コンテンツが存在するときは,ユーザにその存在を知らせる.

4.3 蓄積された情報を用いたスライド作成支援

会議コンテンツに基づいて新たに生み出された知識を発表資料に過不足なく盛り込むことは,次に行われる議論を活性化させ,研究活動へのフィードバックを高めるという点で有効なことであると考えられる.そのため,DRIPシステムでは蓄積した情報を利用して発表資料の作成を支援する機能も備えている.ユーザは図のようなインタフェースを用いてスライドの作成を行う.このインタフェースでは以下の操作を行うことができる.

  • ページの作成,削除,入れ替え

  • 蓄積したノートのページへのインポート

  • PowerPoint文書への変換

スライド作成システム

図6: スライド作成システム

ユーザは,ページの作成,削除,入れ替えを行うことで発表の構成を作成する.ページとは,PowerPointのようにタイトルと本文を持ったまとまりであり,これまでに蓄積したノートの派生物である.過去のスライドに使っていた構成を再利用することも可能である.

ユーザは,これまで蓄積した知識をスライドに取り込むために,インポートと呼ばれる作業を行う.キーワードや日付をクエリとして,ページに取り込むノートの検索をする.日付をクエリとしてノートを検索した場合,検索結果としてその日からの編集履歴が表示される.これにより,過去の発表からの差分だけをページに取り込むことが可能となる.検索の結果,見つかったコンテンツをページ本文の編集エリアにドラッグすることによって,コンテンツの内容が自動的に挿入される.ユーザは,この作業を繰り返し行うことで発表内容を完成させていく.

DRIPシステムは作成された発表内容を自動的にPowerPoint文書へ変換することができる.その際,生成されたスライドファイルと,作成時にインポートされたコンテンツに関する情報はサーバへ送信・登録される.再びディスカッションマイニングを用いて発表を行うときは,スライドだけでなくインポートに関する情報を利用することができる.

5 DRIPシステムがもたらす効果

DRIPシステムでは,会議コンテンツとノートとを関連付けたり,ノートや会議コンテンツを用いてスライドを作成する機能を有している.ユーザがこれらの機能を繰り返し利用することで,会議コンテンツやノートとの間には図のような関連性を見出すことができる.これは研究活動における文脈情報であると考えることができる.

会議コンテンツ間の意味的関係

図7: 会議コンテンツ間の意味的関係

この文脈情報を効果的に閲覧できるインタフェースをディスカッションメディアブラウザ上で提供することによって,そのユーザの研究活動に関する背景知識の獲得を支援することができる.活動を行っている本人が閲覧することで,現在までの活動の経緯やテーマにおける現在の活動の位置づけを確認したり,疎かにしていることを確認することができるため,より意義のある研究活動を行うことが期待できる.

また文脈情報を共有することによって,研究室内における知識の共有を支援することができる.例えば,研究室内に存在するプロジェクトに新しく配属された人間は,そのプロジェクト内におけるこれまでの取り組みに関する知識はほとんどない.その時,先輩たちの研究活動に関する文脈情報を閲覧することでより深い理解を促すことができるだろう.

FertigらのLifestreamsやGemmellらのMyLifeBitsのように人間の行動に関わるコンテンツをすべて記録し,それに基づいて追体験したり,記憶の想起を促すシステムに関する研究が行われている.しかし,これらのシステムでは,コンテンツ間の関連情報までは記録することは行われていない.われわれは追体験や記憶の想起を効率的に行うには,コンテンツ間の依存関係が必要であると考えている.

自然言語処理や画像処理などの機械処理によって,コンテンツ間の関連情報を自動的に取得する方法も考えられるが,機械処理による意味内容の解釈は困難であるため,その精度は高いものではない.一方,DRIPシステムでは,ユーザの操作からコンテンツ間の関連性を暗黙的に獲得することができる.

6 おわりに

本研究では,研究活動を行う上で重要な役割を持つ議論の内容を効率的に再利用するために議論を話題単位にセグメンテーションした会議コンテンツを作成した.そして,会議コンテンツに対してタグを付与することで分類・要約し,要約された会議コンテンツを再利用してスライド作成を支援するシステムの構築を行った.

会議コンテンツの再利用の方法はスライド作成だけではない.ある者は会議コンテンツをベースに論文を書くだろうし,他の者は会議コンテンツ内で指摘された点を吟味してシステムを実装・拡張するだろう.こうしたスライドや論文,プログラムはあくまで研究活動における副産物であり,メインの作業は議論から次の議論へつないでいくことである.この作業を繰り返すことで,過去の議論は未来に活かされ,人間の知識の再生産を促進されるのである.

今後は長期的な利用を通じてデータを収集し,本システムの有効性の検証を行うとともに,過去の話題に関連した議論を促進する仕組み,また個人レベルを超えて集団レベルによる協調的な研究活動を支援する仕組みの実現に取り組んでいく予定である.