カジュアルミーティングにおける議論の構造化とその応用
1 はじめに
企業や研究室などの組織において,日常的に行われている少人数でのミーティングは,仕事や研究を円滑に進めていくために非常に重要な役割を担っている.ミーティングの議題は,問題や疑問の解決・企画などのアイデア出し・タスクの進捗管理など多岐に渡る.ミーティングを行うことによって,各個人が抱えている問題を解決したり,他者からの意見を参考に新しい知見を得たりすることができる.そして,話し合われた内容に基づいて各個人が自らの仕事や研究を遂行していく.
我々はこれまでに,このようなカジュアルに行われるミーティングに着目し,これをカジュアルミーティングと総称して支援を行うシステムTimeMachineBoard(以下,本システムと呼ぶ)の研究・開発を行ってきた.本システムでは対象とするカジュアルミーティングを「書記や司会などの特別な役割を持つ参加者を必要とせず,2-5人程度の少人数で,議論を補助するためにホワイトボードを用いて図や絵を描きながら行うもの」と設定し,そこで行われる議論を,情報的に拡張されたホワイトボードに記述された内容と議論中の音声によって記録・蓄積している.そして,過去を踏まえた議論を行うために,蓄積された過去の議論内容の一部を現在の議論に引用して再利用する仕組みを提案している.
蓄積された議論をさまざまな用途で柔軟に再利用できるようにするためには,議論内容が再利用しやすい適切な単位で分割されていて,また分割された議論がどのような文脈で行われたものかを後で理解できるようになっていなければならないと考えられる.
そのためには,議論内容を分割したり,分割した部分間の関連や意味情報を付与したりといった,議論を構造化するための複雑な作業が必要となる.しかし,議論の構造化に集中してしまうと,議論を妨げ,ミーティングの円滑な遂行が困難になると考えられる.しかし,構造化をミーティング後に行うと,議論の流れや内容の解釈を各個人が別々に行うことになるが,そのような作業を義務付けることは難しい.
そこで我々は,本システムを用いて行われる議論の最中に,議論を妨げないように,ユーザーが議論中に行う自然な操作から,議論における部分,その部分に対する属性の付与,部分間の関連,そして過去の議論との関連などのメタ情報を獲得するための仕組みを実現した.さらに,獲得したメタ情報を利用することで,議論を通じて得た知見や解決策を再利用する仕組みも実現した.
2 カジュアルミーティング支援システムTimeMachineBoard
電子的なホワイトボードに関する研究は,ElrodらのLiveBoardを始めとして数多く行われている.これらのシステムでは,プロジェクタや大型ディスプレイを用いて電子的なホワイトボードを実現し,そこに描かれたストローク情報や転送されたテキストをどのように取り扱うか,電子的なペンをどのように利用するか,というペンとボードのユーザーインタフェースに主眼が置かれている.
ホワイトボードの内容を記録することに主眼を置いた研究には,WilcoxらのDYNOMITEのようにホワイトボードの内容と音声を関連付けて記録するものや,Zhangらの研究のようにカメラ映像を用いてホワイトボードの内容を記録するものが挙げられる.特に,GolovchinskyらのReBoardでは,カメラ映像でホワイトボードの変更点を監視して,変更が検出されたときのホワイトボードの内容を画像化し,Webブラウザを用いて閲覧できるようにすることで,ホワイトボードの内容の共有と再利用を実現している.
我々は,大学研究室のプロジェクト単位で行われるカジュアルミーティングを対象にして,ホワイトボードを用いて行われる議論をどのように記録・蓄積するか,記録した議論をどのようにして再利用し,個人と組織の知識活動を支援するかということに主眼を置いて研究・開発を行ってきた.
本システムは図に示すように,複数の大型ディスプレイ(個々のディスプレイをボードと呼ぶ)をホワイトボードのように用いる.ボードには,現在の議論の内容を参加者全員が共有し理解しながら議論を進めるために,手書きの文字や図,テキスト・画像(これらをディスプレイエレメントと呼ぶ)を入力・表示することができる.参加者は,表示したディスプレイエレメントを移動・拡大縮小させながら,分類・整理することで議論を進行する.
図に示すように,ボードに情報を入力する方法には,ペン,ポインタ,そして本システムに接続されたStickyと呼ばれるクライアントソフトウェアがある.ペンは図(右)に示すようなデバイスで,ボードの近くに立って直接,ディスプレイエレメントの移動・拡大縮小や手書きで文字や図を書くといったことができる.ポインタは図(左)に示すようなデバイスで,ボードから離れた場所からディスプレイエレメントを指示することや移動・拡大縮小をすることに適している.Stickyはミーティングで用いるノートPCにインストールされていて,テキストや図・写真を転送することができる.また,それぞれのデバイス・ソフトウェアには参加者固有のIDが設定されていて,ボードに対する情報の入力や操作が行われた時,どの参加者がその行為を行ったのかをシステムが知ることができるようになっている.
これらのデバイス・ソフトウェアを参加者がミーティングにおけるその時々の役割に応じて使い分けることで,ミーティングを円滑に進行することができる.これまでの運用では,3人の参加者がいる場合に話し合っている2人の議論内容を残る1人がStickyで入力する,1人がボードの前に立って分類・整理を行って他の参加者の同意を得ながら議論を進める,ポインタを使って離れた場所からボードに表示された議論内容を指示しながら全体をまとめるといった使用例が見られた.
ミーティングで行われた議論の記録は,いつ・誰が・どのボードに対してどのような内容のディスプレイエレメントを入力・操作したのかという情報と,ミーティング環境に設置したマイクロフォンを用いて記録した音声から構成される.記録した議論は議論終了時にデータベースに保存され,環境に設置されているどのボードからでも検索することが可能なコンテンツ(以後,議論コンテンツと呼ぶ)として蓄積されている.また,同様に,後述する議論コンテンツブラウザ及び知識活動支援システムからもアクセスできる.
ミーティングで行われた議論を通して得られる問題の解決策や新しい知見を各参加者が有効に活用することで,その後の知識活動やミーティングをよりよいものにすることができる.我々は,過去の議論をミーティング中に再利用することが,過去の議論に基づいたよりよい議論を可能にすると考え,記録された過去の議論コンテンツをボードに表示されている内容に基づいて検索し,検索された議論コンテンツ全体を同一または別のボードに表示して,その一部を選択し現在の議論に引用する機能を実現している.
しかし現在,本システムで実現されている引用の仕組みでは,検索して提示された過去のボード全体を閲覧することで,過去の議論内容を全員で把握し現在の議論に役立てることは可能であるが,全体の中から必要な部分を選び出すためには時間がかかり,現在の議論を妨げてしまう場合があった.効果的に過去の議論コンテンツを再利用できるようにするためには,現在の議論の文脈に沿った過去の議論コンテンツの一部分を適切な単位で提示するような仕組みが必要だと考えられる.
3 議論コンテンツの構造化
議論中に限らず,議論コンテンツを様々な用途で再利用するには,文脈に応じて,適切な単位の議論コンテンツを提示する必要がある.そのためには,議論コンテンツを構造化しなければならない.議論コンテンツが話題ごとに分割されていて,それら分割された部分について「進捗報告か,議論か」という話題の種類や,「なぜ議論が行われたのか」「どのような議論の結果として出てきたものか」といった文脈を表す部分間の関連が付与されていなければならない.
電子ホワイトボードの内容を構造化する先行研究を挙げると,Moranらの研究ではペンストロークを用いてボード上に境界線を引いたり表示されているものを囲んだりすることで,ストロークをグループ化する仕組みを実現している.またMynattらのFlatlandではストロークを用いて明示的にセグメントを定義することはもちろん,時間や空間・内容を考慮して自動的にセグメントを設定し,移動・拡大縮小や一部分だけのプレイバック,さらにビヘイビアという概念を導入してセグメントの内容に応じた機能を提供するといった提案を行っている.
我々は,議論の要素をディスプレイに表示されているディスプレイエレメントと定義して,議論中に,要素のグルーピング,単一の議論コンテンツ内および複数の議論コンテンツ間にまたがる要素間の関連,要素に対する属性を議論コンテンツに付与するためのツールを開発した.
議論中にできる限りの構造を付与しておくことで,議論後にその議論が,どのような文脈で出てきた話だったのかを理解するための手がかりになると考えられる.できるだけユーザーがミーティング中に行う自然な行動の中で簡便に,かつ必要十分な構造化を行えるようにツールの設計を行った.
以下に本ツールで付与できる構造について述べる.
3.1 要素のグルーピング
図(1)・(2)のような領域をコンテナと呼び,議論の要素を内部に配置してグルーピングできるようにした.これによって話題ごとに議論を分割し,議論コンテンツの部分として扱うことが可能になる.
コンテナには内容のタイプを属性として設定することができる.我々の研究室で行われたカジュアルミーティングにおける議論の内容には,進捗報告・トピック・議論・タスクという4つの種類があることが分かった.
コンテナの基本機能として,任意のタイトルを設定することができ,内部に配置された議論要素をまとめて移動・拡大縮小することができる.また,コンテナ自体も議論要素として扱って,他のコンテナの中に配置して入れ子構造を表現することができる.基本的なコンテナとは別に,図(1)のような,ボードの限られた領域を有効に利用できるようにするためのサブボードを用意した.これはWindowsにおけるウィンドウと同じように最小化・元のサイズに戻す・最大化という操作を可能にしたコンテナで.ミーティング開始時に4種類の内容タイプを属性として設定したサブボードを,ボード全体を分割するように設置する.
コンテナの作成はいつでも行うことが可能で,Stickyかペンメニューを用いることで明示的に作成することができる.また,サブボード間での要素の移動が行われた場合,新たなコンテナを生成する.例えば,トピック属性のサブボードから議論属性のサブボードに議論要素が移動した場合には,移動した議論要素はトピック属性のサブボードに残し,移動した議論要素のコピーをコンテナに配置して,議論属性のサブボード内に生成する.これによって,トピックごとに議論属性のコンテナを生成することができる.議論属性のサブボードからタスク属性のサブボードに議論要素が移動した場合,あるいは進捗属性のサブボードに議論要素が移動した場合には,移動操作を行った参加者の名前がタイトルとして設定されたコンテナをそれぞれのサブボード内に生成する.さらに,議論属性のサブボードに含まれるコンテナが,サブボードの外側に移動した場合には,そのコンテナに含まれる内容を保持したまま,より柔軟に領域を利用できるサブボードに変換する.
コンテナやサブボードを単なる議論要素をグルーピングするための道具としてだけではなく,分類・整理しながら議論を行うためのツールとして利用することで,議論を行いながら議論内容を分割することが可能になる.
3.2 単一の議論コンテンツにおける要素間の関連付け
なぜその議論が行われたのかという,議論の文脈を記録するためには,議論内容をコンテナによって分割し内容に応じたタイプを設定するだけでは不十分であると考えられる.
そこで,議論要素を異なる内容タイプのコンテナ間にまたがって移動した場合に,移動させた議論要素と生成されたコンテナの間に暗黙的に関連を付与するようにした.
具体的には,図の左側「2009年10月12日の議論コンテンツ」に示すように,トピック属性のサブボードから「コンテナの実装について」という議論要素を議論属性のサブボードに移動した場合に,「コンテナの実装について」というコンテナが生成される.このときにトピック属性のサブボードに配置された「コンテナの実装について」という議論要素と議論属性のサブボードに新たに配置されたコンテナの間に,元のトピックについての議論であるという関係を付与する.他のサブボード間での移動においても,元の議論要素と新たに生成された議論要素の間に関連を付与する.
このように,ユーザーが行った議論要素を移動するという操作から,暗黙的に関連を収集することで,議論コンテンツ内における議論の文脈情報を獲得できる.
3.3 複数の議論コンテンツ間における要素間の関連付け
さらに,単一の議論コンテンツ内の関連だけではなく,議論コンテンツ間にまたがる要素間の関連も,議論の文脈を理解するために重要な情報である.
これまでに開発した議論コンテンツを引用して再利用するための仕組みを拡張し,現在の議論内容に基づいて検索した結果をコンテナ単位で提示するようにした,必要であればコンテナを含む議論コンテンツ全体を閲覧して議論の流れを確認してから引用することも可能である.コンテナは話題単位に分割された議論要素のため,最初から議論コンテンツ全体が提示されるよりも再利用しやすく,議論の妨げになりにくいと考えられる.これによって現在の議論と他の議論コンテンツにまたがる要素間の関連を獲得できる.
具体的には,図の左側「2009年10月12日のコンテンツ」に配置された議論属性のサブボードに設置された「スペースの有効利用」というコンテナを,同図右側の「2010年02月24日の議論コンテンツ」に配置された議論属性のサブボードへ引用を行った場合に,引用元のコンテナが属する議論コンテンツと引用先のコンテナが属する議論コンテンツの間に関連を付与する.
複数の議論コンテンツ間にまたがる要素間の関連は,人間が意図的に付与した関連であるため,議論コンテンツの検索や再利用を考える際に特に重要な情報であると考えられる.
4 知識活動支援システムにおける応用
構造化された議論コンテンツは,我々の研究室で利用している,土田らの開発した知識活動支援システムDRIPに利用できる.DRIPは知識活動をグラフとして可視化し,研究室で行われているゼミを中心に,ノートというテキスト情報を持つノードをグラフに付け加えながら内容を分類・整理していくことで,個人の知識活動を支援するためのシステムである.
本システムを利用したミーティングを終了してから,DRIPを立ち上げると,ユーザーが参加したミーティング内容が取り込まれて,図に示すように議論コンテンツ全体を示す緑色のノード(1)が追加される.このノードを選択すると,コンテンツ全体を図に示すような議論コンテンツブラウザで閲覧することができる.ブラウザでは議論コンテンツをミーティングのタイムラインに沿って再生することができる.ブラウザ中央の議論コンテンツは拡大縮小したり,実寸で一部分のみ表示したりすることを選択できる.また議論コンテンツを閲覧する際の手掛かりとして,ポインタ・ペン・エレメント・コンテナの入力や操作の情報を層状タイムラインに可視化し,その詳細な情報を右側のペインで参照できるようにした.左側のペインには引用可能なコンテナのリストを表示している.ミーティングの議論内容がコンテナによって話題単位で分割されていることで,ユーザーが議論の文脈情報を把握することが容易になると考えられる.そして,自分の研究や仕事にとって重要なコンテナを一つまたは複数選択してDRIPに取り込むことができる.DRIPに取り込まれたコンテナは,グラフ上に議論コンテンツノードとエッジで結ばれた赤色のコンテナの集合ノード(2)として追加される.ノードのタイトルにはコンテナのタイトルが表示される.引用された個々のノードにはコンテナに付与された属性をアイコンで表示する.またノードを選択すると,個々のコンテナの情報を議論コンテンツとして閲覧することができ,必要に応じて議論コンテンツブラウザでコンテナが属する議論コンテンツ全体を確認することができる.
DRIPでは取り込んだコンテナに対して,テキストや画像を用いて考えたことや実装したことをノートとして記述していく.ノートはグラフ上でコンテナとエッジで結ばれた青色のノートノード(3)として追加される.ミーティングとミーティングの間に考えたことや実装したことの中から,新たな疑問や問題が発生した場合には,ミーティングの際にDRIP上の関連するノートを選択してボードに転送し,新たな議論を行うことができる.
これによって,DRIPが本来想定している研究室におけるゼミのように大人数が集まって一つのテーマについて話すような会議と同様に,カジュアルミーティングにおける議論コンテンツをノードとして取り込むことが可能になり,ミーティングにおいてユーザーが得た新たな知見や問題の解決策などを,より多く自身の知識活動に反映していくことができると考えている.
5 まとめと今後の課題
本論文では,議論を妨げずに,議論を内容のタイプ付け,グループ化,グループ間の関連付けによって構造化するための議論ツールについて述べた.また,構造化された議論コンテンツを知識活動支援システムで再利用について述べた.
今後の課題としては,本システムを用いて行われたミーティングで記録された議論コンテンツが,そこで行われた議論の重要な部分を後で想起するために必要十分な情報を含んでいるかどうかを確認することが挙げられる.また,そのためにも本システムの継続的な運用に基づく評価が必要である.