ゼミコンテンツの再利用に基づく研究活動支援

土田 貴裕
名古屋大学 大学院情報科学研究科
大平 茂輝
名古屋大学情報基盤センター
長尾 確
名古屋大学 大学院情報科学研究科

概要

大学研究室におけるゼミは,自身の研究内容を参加者に知ってもらい,未解決の問題に対して様々な意見やアドバイスを得るための場として,研究活動を行ううえで非常に重要な活動である.我々は,ゼミの内容をゼミコンテンツとして記録し,再利用することで,繰り返し行われるゼミをより活発かつ有意義なものにし,より多くの知識やアイディアが生み出されるような仕組みの実現を目指している.本研究では,過去のゼミコンテンツをふまえた発表を行うことで,参加者の内容理解が深まり,より活発な議論を行うことができると考え,ゼミコンテンツとゼミ後に行われる様々なタスクやその成果の関連付けを支援するシステムであるDRIPシステムの実装および評価を行った.DRIPシステムを使用せずに従来どおりに作成された発表資料を用いたゼミとの比較実験の結果,DRIPシステムによって,より過去のゼミコンテンツをふまえた発表を行うことができ,発表者にとって有意義な議論を行うことができることが確認された.

1 はじめに

大学研究室の研究活動において,ゼミは非常に重要な役割を果たしている.学生が自身の研究活動の内容や進捗に関して発表を行うことで,参加者は発表者の研究活動を理解するだけではなく,新しい考えを見聞きしたり,既存の考え方を新しくとらえなおしたりすることもできる.そして発表者は,参加者と議論を行うことによって,自分だけでは対処できなかった問題に対する解決策を獲得できる.このようにゼミから得られるものは多いだろう.

そして発表者は,ゼミ中に紹介された関連研究に関する文献を調査したり,新たに指摘された問題点に対して考察を深めたりするように,ゼミで行われた議論の内容に基づいてタスク(文献調査やシステム構築など)を遂行することで新たな知識やアイディアを得る.そして,新たに得られた知識やアイディアについて再び発表を行うことによって,研究活動は進展していく.

我々は,これまで人間同士の知識交換の場である対面式会議から映像・音声情報やテキスト情報に加え,会議参加者の情報や議論構造(発言間の依存関係など)といった会議に関するメタデータを獲得・記録することで,再利用可能なコンテンツ(以下,ゼミコンテンツ)を作成するディスカッションレコーダと呼ばれるシステムに関する研究・開発を行ってきた.約6年間にわたるディスカッションレコーダの運用を通じて,より活発かつ有意義な議論を行うためには,過去の議論内容をふまえた発表を行うことが有効だと考えた.なぜなら,過去の議論内容をふまえながら発表を行うことで,参加者の発表内容の理解が促進され,より詳細な発言を促すことができるうえに,自身が以前に行った発言が発表者の研究活動に反映されていることを実感することで参加者のモチベーションを高くすることができるからである.そこで,我々はディスカッションレコーダによって作成されたゼミコンテンツとゼミ後のタスクやそこから得られた知識やアイディアを関連付け,それらを再利用しながら発表資料を作成することが有効だと考えた.

本研究では以上の考えに基づき,ディスカッションレコーダを内包しながら,研究活動の統合的な支援を行うDRIP(Discussion-Reflection-Investigation-Preparation)システムを提案する.DRIPシステムの利用者は,ディスカッションレコーダで作成されたゼミコンテンツの引用やタグの付与を行うことでゼミコンテンツを要約・分類・整理し,そこから導出される,文献調査やシステム構築といった様々なタスクの作成を行うことができる.また,DRIPシステムは,ゼミ後のタスクで得られた成果をコンテンツとして保存する機能や,蓄積されたゼミコンテンツをはじめとする様々なコンテンツを引用しながら発表資料を作成する機能も有している.

また,本稿ではDRIPシステムを使用せずに従来どおりに作成された発表資料を用いたゼミと,DRIPシステムを使用して作成された発表資料を用いたゼミを比較する評価実験を行った.その結果,DRIPシステムによって,より過去の議論内容をふまえた発表を行うことができることを確認した.

2 研究活動サイクルとDRIPシステム

2.1 研究活動サイクル

ある特定のテーマに関するアイディアを創出する研究活動には文献調査や検証,議論など様々なタスクが存在する.我々はこれまでにDRIP(Discussion-Reflection-Investigation-Preparation)サイクルと呼ばれる,図のような4つのフェーズから構成される,議論を中心とする研究活動サイクルを提案してきた

研究活動サイクル

図1: 研究活動サイクル

Discussionフェーズ(以下,Discussion)は,我々が日常的に行っている研究室におけるゼミに相当するフェーズであり,発表者が,自身のアイディアに関する発表・議論を通じて,参加者から多角的な視点による意見やアドバイスを獲得することができる.しかし,発表者や参加者は,時間の経過とともに議論内容を忘失するため,議論内容をゼミコンテンツとして記録することによって,何度も議論内容を参照できるようになるだけでなく,検索や要約といった様々な応用の実現が可能になる.

我々は,ゼミ中に指摘された情報不足を補うために文献調査を行ったり,ゼミ中に提案された解決策を実現するためにシステム構築を行ったりするように,ゼミで行われた議論内容をふまえて今後のタスクを決定していく.また,必要に応じてタスクを遂行している間に過去のゼミコンテンツを参照することがある.このように研究活動の中で行われる文献調査や検証といった様々なタスクとゼミコンテンツには密接な関係が存在する.

しかし,ゼミコンテンツを作成し,議論内容をいつでも閲覧できる環境を用意しても,時間の経過とともに議論の存在そのものが忘失されていくため,過去の議論内容を十分にふまえた発表が行われず,冗長な議論が繰り返されるという問題点は完全には解決されていない.そのため我々は,作成されたゼミコンテンツを要約・分類・整理することで,議論内容を反芻・省察し,今後のタスクを決定するための作業が必要だと考えた.本研究では,この作業を行う段階をReflectionフェーズ(以下,Reflection)と呼ぶ.また,決定されたタスクを遂行している間に過去のゼミコンテンツを参照することがあるため,ゼミコンテンツとタスク間の関係を記録することで,研究活動の質の向上につなげることができると考えられる.

Investigationフェーズ(以下,Investigation)は,Reflectionでゼミコンテンツに基づいて決定した様々なタスクを遂行するフェーズである.自分が現在取り組んでいるタスクと,そのきっかけとなったゼミコンテンツが密接に関連付けられているため,必要なときに必要な情報を効率的に閲覧することができる.また,タスクを通じて新たに得られた知識やアイディアをコンテンツとして記録し,きっかけとなったタスクやゼミコンテンツと関連付けることによって,タスクの成果を再利用できるようになるだけでなく,過去に遡るようにしてこれまでの活動履歴を閲覧できるようになる.

このようにして蓄積された知識やアイディアを,他者に向けて発表し,議論を行うことによって新たなアドバイスや意見を得ることができる.そのため,我々は研究活動を行っている人間が自身の活動内容を発表資料としてまとめる段階をPreparationフェーズ(以下,Preparation)と定義し,発表資料を作成する作業の支援が有効だと考えた.研究活動におけるゼミは何度も繰り返し行われるものであるため,「過去の議論に基づいてどのような活動をし,どのような成果が得られたのか」という文脈情報を盛り込んだ発表資料を作成することで,発表内容に対する参加者の理解が促進され,より有意義な議論を行うことができると考えられる.また,過去の議論をふまえた発表をしていることが分かりやすくなるため,冗長な議論の繰返しを防止することができる.そこで我々は,ゼミコンテンツをはじめとする様々なコンテンツを引用しながら発表資料を作成する機能を提案する.

そして,Discussionで,作成された発表資料を用いて発表・議論を行うことで意見やアドバイスを獲得することができ,再びReflectionやInvestigationへと循環していく.このように4つのフェーズが図のように繰り返されることによって,過去の議論は未来に活かされ,段階的にアイディアが熟成され,人々の知恵が集約されていくと考えている.

なお,本研究における有意義な議論とは,発表者が自身の研究活動を進めるにあたって重要な意味を持つアイディアや,問題点に対する指摘を含む発言がより多く行われるような議論を指す.発表者にとって重要な発言がより多く行われるようにするためには,参加者の発表内容に対する理解や発言に対するモチベーションの向上が重要となる.そのためには,過去の議論内容をふまえた発表資料の作成や説明を行うことが有効だと考えている.それによって,参加者が,過去の自身の発言が発表者の研究活動に適切に反映されていることが確認でき,自らの発言の価値を再認識できるため,さらなるアドバイスなどを積極的に行うことができると思われるからである.

2.2 DRIPシステム

DRIPシステムのアーキテクチャ

図2: DRIPシステムのアーキテクチャ

本研究では,会議を中心とするDRIPサイクルの各フェーズを統括的に支援するシステムとして,図のようなDRIPシステムを提案する.DRIPシステムは,各フェーズに合わせたアプリケーション群と,ゼミコンテンツや発表資料といった様々なコンテンツ情報を管理するためのデータベース,ユーザ情報を管理するためのデータベースから構成される.

Discussionで利用する主なアプリケーションには,ゼミコンテンツの作成を行うディスカッションレコーダ(Discussion Recorder)と,作成されたゼミコンテンツの検索・閲覧を行うためのディスカッションブラウザ(Discussion Browser)がある.我々の研究室では,2003年度から約6年間にわたりディスカッションレコーダやディスカッションブラウザを運用しており,作成されたゼミコンテンツは年間約100件(録画された映像・音声は約150時間)にのぼる.

しかし,これらのアプリケーションは,ゼミコンテンツの要約・分類・整理であったり,その後の研究活動で再利用する機能は持っていなかった.そこで,本研究では,これらのアプリケーションに加えて,Discussion以降の各フェーズを統合的に支援するため,Webサーバ・クライアント型アプリケーションを実現した.このクライアントアプリケーションは,各フェーズに合わせて,以下に示す機能およびインタフェースを利用者に提供する.

  • Reflection

  • Investigation

  • Preparation

クライアントアプリケーションは,ディスカッションレコーダで作成されたゼミコンテンツをWebサーバから取得したり,Investigationで蓄積された知識やアイディア,Preparationで作成された発表資料をWebサーバにアップロードしたりする機能を有している.そして,ディスカッションレコーダを用いて発表を行う際に,クライアントアプリケーションによってアップロードされた発表資料を使用することができる.

DRIPシステムの特徴として,Reflectionでゼミコンテンツを引用しながら要約したり,Preparationで発表資料を作成する際に蓄積されたゼミコンテンツやアイディア・知識などの様々な情報を引用したりするように,研究活動で行われるコンテンツの引用に関する情報を暗黙的に記録し,それを可視化できる点がある.ゼミコンテンツの記録や整理を行うために,WikiやMovableType,qwikWebといった既存のCMS(Contents Management System)を利用することも少なくない.これらはいずれも文書作成や議論,資料共有が可能なシステムであり,文書間の内部リンクを生成することもできる.それに対してDRIPシステムは,コンテンツの引用情報に基づいてコンテンツ間,さらにはコンテンツの内部要素間のリンク情報を記録するだけでなく,それらを可視化することによって,自身の研究活動の経緯をグラフィカルに俯瞰できる点でこれらのシステムとは大きく異なる.

なお本稿では,3章でDiscussionで使用するディスカッションレコーダについて,4章においてReflection,Investigation,Preparationで使用するクライアントアプリケーションについて述べる.

3 ゼミコンテンツの作成

我々は,大学研究室におけるゼミを対象にディスカッションレコーダと呼ばれるシステムに関する研究・開発を行ってきた.ディスカッションレコーダは,映像・音声情報やテキスト情報に加え,発言者情報や議論構造(発言間の依存関係など)といった会議に関するメタデータの獲得によるゼミコンテンツの作成を行うためのシステムである.本章ではゼミコンテンツの作成に必要となるメタデータの取得方法に関する立場とディスカッションレコーダの詳細について述べる.

3.1 メタデータの取得

従来,ゼミコンテンツはテキストで記録することが中心だったが,近年では計算機技術の発達によって様々なコンテンツを組み合わせることが可能になっている.平島らは,発表資料や静止画などのコンテンツを,参加者が協調的にゼミコンテンツに取り込むシステムを提案している.その中でも特に映像・音声を組み合わせる研究が数多く行われている,,.これらのシステムが生成するゼミコンテンツでは,会議参加者の話す様子や会議室全体の雰囲気などテキストでは表現することが困難であった情報も提供することができる.

しかし,動画像に含まれる情報量は膨大なものであり,そこから内容理解・意味解釈を行うには閲覧者自身による情報処理が必要となる.閲覧者自身による情報処理を容易にするためには,会議に関するメタデータが有効である.具体的なメタデータとしては,古田らや栗原らの研究に見られるような話題セグメントがあげられる.様々なメタデータを組み合わせたゼミコンテンツを作成することで,検索や要約といった高度な機能を実現することができる.

会議に関するメタデータを取得する方法には,ミーティングブラウザのように自動認識技術を用いる方法と,会話量子化器のようにシステム利用者がデバイスやツールを用いて入力する方法がある.前者の方法は,システム利用者の負担は少ないが,必要な情報を計算機ですべて自動的に記録することは現状では困難である.たとえば,発言テキストの取得に音声認識技術を利用する場合,雑音や部屋の残響が存在する実環境において運用に耐えうる十分な精度を持っているとはいい難い.また,それ以上に困難な問題が計算機による意味関係の抽出である.そのため本研究では,映像・音声情報のようにセンサによる取得が可能な情報は自動的に,発言間の意味関係のように機械的に扱うことの困難な情報は,システム利用者がツールやデバイスを用いながら入力する方法を採用している.

Geyerらは,TeamSpaceと呼ばれる,チームにおける協調作業を支援するためのシステムを開発している.TeamSpaceでは,協調作業において重要な要素(議題やアクション・アイテム)の,会議中における作成・編集時間を用いて,会議風景を記録した動画像のインデキシングを行っている.しかし,我々はアクション・アイテムのような結果が生まれるまでに行われる発言そのものを記録する必要があると考えている.たとえば,その場では技術的な問題などによって保留にされたアイディアが,かなり後になってから再び話題にのぼることがある.しかし,作成されたアクション・アイテムには,そのアイディアに関する記録はないため,参照することができない.このように,長期間にわたるゼミコンテンツの利用を実現するためには,議論に関する詳細な情報を取得する必要がある.

その際に重要となるのは,取得した情報によって得られる利益とのバランスを考慮しながらシステム利用者の負担を最小限にすることである.しかし,会議後に行われる入力作業は,その後の研究活動に密接にかかわるゼミコンテンツの一部分を,閲覧行為を通じて整理・抽出することに注力されるべきであり,明確な目標が見えにくい独立した入力作業は,そのモチベーションを維持することが著しく困難であるため,会議中にできるだけ自然に取得できる方法を考える必要がある.そのため我々は,会議中の作業を参加者全員が協力して集中的に行う仕組みを実現することによって,会議後に行う作業量を最小限にすることを目指している.

3.2 ディスカッションレコーダ

ディスカッションルーム

図3: ディスカッションルーム

ディスカッションレコーダでは,図のようなディスカッションルームに設置された複数のカメラとマイクロフォン,Webブラウザベースの発表者・書記用ツールを用いることで議論内容を記録する.また,発表者を除く参加者の正面には発表資料やデモの様子を映し出すメインスクリーンが設置されており,その両側には現在発言している参加者の情報やカメラ映像を表示するためのサブスクリーンがある.ディスカッションレコーダは,このような仕組みを用いて,以下に示す情報を含むゼミコンテンツの作成を行う(図).

  • 映像・音声情報

  • 参加者情報

  • 発表セグメント

  • 発言セグメント(後述)

  • 議論セグメント(後述)

ゼミコンテンツ

図4: ゼミコンテンツ

発表者は専用ツールを用いてスライドファイルのアップロードやスライドショーの操作を行うことができ,スライドショーの切替えタイミングは自動的にシステムに伝達・記録される.また参加者は,構造化リモコンと呼ばれるデバイスを用いる(図).発言開始時に構造化リモコンを上に掲げると,発言者IDや発言者の座席位置に加え,発言の開始時間や発言タイプが記録される.また,発言の終了時間は構造化リモコンのボタンによって入力する.発言の開始・終了時間を取得することにより,発言ごとに映像・音声情報をセグメンテーションすることができる.また,構造化リモコンのボタンによって,発言に対する賛同を表明したり,自身にとって重要な意味を持つ発言に対してマーキングを施したりすることができる.

ディスカッションレコーダで取得する発言セグメントには,「導入」と「継続」の2つのタイプがある.新しい話題の起点として発言する際には「導入」を,直前までの発言の内容を受けて発言をする際には「継続」を,発言開始時の構造化リモコンの向きによって入力する.ディスカッションレコーダは,継続発言と派生元の発言との間にリンク情報を生成し,記録する.これを繰り返し行うことによって,図のように導入発言に継続発言が連なる形式の発言集合が複数生成される.本研究ではこの発言集合を議論セグメントと呼ぶ.1つのゼミコンテンツ内に複数の議論セグメントが作成されることによって,会議で行われた議論を話題単位で閲覧することが可能になる.

構造化リモコン

図5: 構造化リモコン

書記用インタフェース

図6: 書記用インタフェース

書記は図のようなWebブラウザベースの専用ツールを用いて発言内容の記録を行う.このツールは構造化リモコンと連動しており,参加者(発言者)の発言に関する情報が随時追加されていく.参加者による構造化リモコンの操作が行われると,書記ツールに発言者と発言タイプの付与されたフォームが自動生成される.書記はこのフォームを選択することでゼミコンテンツの発言内容を効率的に記録することができる.

ディスカッションブラウザ

図7: ディスカッションブラウザ

様々なデバイスやツールから取得された情報はXMLとストリーミングビデオによるゼミコンテンツとしてデータベースに記録される.記録されたゼミコンテンツは図のようなディスカッションブラウザを用いて容易に閲覧することができる.

4 ゼミコンテンツの再利用による研究活動支援

参加者が一堂に会して利用するディスカッションレコーダが,ディスカッションルームという共有スペースで使用されるアプリケーションであるのに対して,ReflectionやInvestigation,Preparationでは,システム利用者はクライアントアプリケーションを使用する.このクライアントアプリケーションの機能には,ゼミコンテンツの要約・分類・整理とタスクの決定,タスクの遂行を通じて生まれた知識やアイディアの記録・保存,ゼミコンテンツの引用による発表資料の作成がある.以下ではそれぞれの機能について説明する.

4.1 ゼミコンテンツの要約・分類・整理とタスクの決定

ゼミのような対面式会議における議論の内容は揮発性が高く,時間の経過とともに忘失されていくものである.そのため,ディスカッションレコーダのように,議論内容に関する音声・映像情報やテキスト情報をコンテンツとして記録することによって,いつでも議論内容を参照することができる.しかし,蓄積されるコンテンツの量が増大するにつれて,参照したい議論を探し出すことが困難になる.そのため,我々は議論を効率的に参照するための情報を付与するために,2章で述べたような,ゼミコンテンツの要約・分類・整理を行うReflectionが必要だと考えた.

倉本らは,参加者が議論中に作成したメモと,作成のきっかけとなった発言の間に存在する集約関係(by-参照)を登録し,それを利用することで参照したい議論に関する音声・映像情報を検索参照するシステムReSPoMを提案している.ReSPoMのように,重要な発言に対する情報を付与することで,ゼミ後に過去の議論内容を効率的に確認でき,議論内容を反映した活動や,議論内容をふまえた発表資料の作成につながると考えられる.DRIPシステムでは,発言への付加情報として,構造化リモコンによるマーキングを利用している.また,ディスカッションブラウザでもマーキングを施すことができ,ゼミ中にフォローできなかった発言に対するゼミ後のフォローを行うこともできる.ReSPoMとの大きな違いは,重要な発言に対する情報を付与するだけでなく,ゼミコンテンツそのものを引用できる点である.これにより,ゼミコンテンツをゼミ後の研究活動の中に埋め込むことができ,より過去の議論をふまえた研究活動を行うことができると考えられる.

しかし,マーキング情報だけでは参照したい発言もしくは議論を効率的に検索できない.そのためReflectionでは,マーキングが施された発言を含む議論セグメントに対するタグの付与が必要だと考えた.タグとは,はてなブックマークやDeliciousに代表されるソーシャルブックマークで用いられる,対象となるコンテンツの内容を端的に表現したキーワードである.タグの付与によりゼミコンテンツを分類・整理し,アイディアを創出・具体化する際に必要となるゼミコンテンツを容易に探し出すことが可能となる.DRIPシステムでは,コンテンツに付与されたすべてのタグを階層的に管理できるため,蓄積されたタグ情報は,システム利用者の研究活動に関して体系化された概念の集合ととらえることができる.本研究ではまだ検証していないが,効率的な検索のためだけではなく,利用者の研究活動に関する概念を整理するための手段として,より積極的にタグの作成やタグ間の階層関係の編集が行われると考えている.

議論セグメントに対するタグの付与

図8: 議論セグメントに対するタグの付与

ディスカッションブラウザ上でタグを付与したい議論セグメント上で,メニューを選択すると図のようなDRIPシステムのインタフェースが表示され,ユーザはこのインタフェースを用いてタグの付与を行う.インタフェースの左側には,選択された議論セグメントとそれに関連付けられたスライドのサムネイルのリスト,タグの編集を行うためのコンポーネントが表示されている.ユーザは,ディスカッションブラウザで議論セグメントに関する音声・映像情報を閲覧しながら,タグの付与を行う.タグは,ユーザが自由に入力するだけでなく,発言テキストから必要な箇所を選択して入力することもできる.

また,このインタフェースは選択した議論セグメントに対するノートを記述する機能も持っており,書記の入力した発言テキストだけでは不足している議論内容の補足を行うことができる.必要に応じてスライドサムネイルや発言テキストをノートに引用することも可能である.さらに,DRIPシステムはサイボウズやiQubeに代表されるグループウェアと同様に,タスク管理機能を備えている.図のインタフェースでノート内にタスクへのリンク情報を記述することで,新しく登録されたタスクとノートを関連付けることができる.

4.2 要約・分類・整理されたゼミコンテンツに基づくタスクの遂行

ゼミの終了後は過去のゼミコンテンツをふまえつつ,文献調査やシステム構築,検証といった様々なタスクを行うことで新たな知識を得たり,新たなアイディアを創出したりしていく.我々は,タスクを通じて得られた知識やアイディアのような成果を,レポートやプログラムのソースコードのようなコンテンツとして記録することが重要だと考えている.なぜなら,成果をコンテンツとして残すことで,自身の研究活動がどれほど進展しているかを確認できるだけでなく,このようなコンテンツを引用しながらスライドを作成することで,スライドの作成コストも下げられるからである.

ノート編集インタフェース

図9: ノート編集インタフェース

DRIPシステムによって獲得されたコンテンツ間のリンク情報

図10: DRIPシステムによって獲得されたコンテンツ間のリンク情報

また,過去の議論で教えてもらった文献を調査したり,指摘された問題点に対して解決案を考えたりするように,成果と過去の議論との間には依存関係が存在する.このような依存関係をコンテンツと関連付けて記録することによって,研究活動に関する文脈情報を機械的に扱えるようになる.

DRIPシステムは,Investigationにおける活動の履歴をノートとして記録する機能を持っている.Reflectionで作成されたタスクを選択した状態でノートの作成を行うと図のようなインタフェースが表示される.Reflectionと同様に,ハイパーリンクの自動作成やリスト構造・表の利用など構造化されたノートを記述することができる.そして,作成されたノートはタスクと関連付けられ,他のコンテンツに引用可能な状態となる.

また,このインタフェースは議論セグメント内の発言テキストや関連するノートのテキストをコピーアンドペーストすることによって,自動的にコンテンツ間のリンク情報を生成し,記録する機能を持っている.コピーアンドペーストを行うと図の中央部に,関連するコンテンツとして引用されたコンテンツへのリンクが自動的に追加されるため,必要に応じてその内容を確認できる.また,このようにして獲得したゼミコンテンツやノートといったコンテンツそのものに関する情報やコンテンツ間のリンク情報は,図のようなインタフェースで俯瞰できる.このインタフェースではコンテンツをノード,コンテンツ間のリンクをエッジと見なしたグラフ構造を表示しており,ユーザは必要に応じてその配置を自由に変更できる.

4.3 コンテンツの引用による発表資料の作成

ゼミのように発表・議論が繰り返し行われる場合,過去の議論内容を受けて,どのような活動を行い,どのような成果を得られたのかを説明することで,参加者の発表内容に対する理解が容易になり,結果としてより活発な議論ができると考えられる.そのため,前述のDiscussionで作成されたゼミコンテンツやInvestigationで作成されたノートを引用しながらスライドを作成することが有効だと考えた.そのためDRIPシステムでは,Preparationにおけるスライドの作成を支援するため,以下に示す機能を持つインタフェースを提供している(図).

  • アウトラインエディタ(発表アウトラインの編集)

  • 過去のコンテンツの引用

  • スライドファイルへの自動変換

スライド作成インタフェース

図11: スライド作成インタフェース

自身の活動内容を効率的に伝達するうえで,「背景・目的→アプローチ→実験結果→考察→まとめ→今後の課題」のように発表アウトラインを意識しながらスライドを作成することは有効である.そのため,図の左側には発表アウトラインを編集するためのコンポーネントが用意されており,発表の大まかな内容を作成したり,順序の入れ替えを行ったりすることができる.本インタフェースの中央部は,発表内容を詳細に記述するためのエディタになっている.ユーザは,ノート作成のときと同様に発表内容を構造的に記述でき,過去のコンテンツのテキストをコピーアンドペーストすることで自動的にコンテンツ間のリンク情報が記録される(記録された情報は図のインタフェース上で俯瞰できる).

本インタフェースは,作成した発表内容をMicrosoft PowerPoint形式のスライドファイルへ自動変換できる.自動変換を行う際,コンテンツの引用情報が記録されたXMLベースの中間言語が生成される.この中間言語を再利用することで, 論文や報告書といったPowerPoint以外のコンテンツの作成にも再利用できる.

このようにして作成されたスライドをディスカッションレコーダにアップロードすることによって,発表で利用することができる.そして,アップロードされたスライドを用いて行われた発表内容に対して議論が行われることで,新たな議論セグメントがスライドに関連付けられ,ゼミコンテンツとして記録されていく.

5 評価実験

提案したDRIPシステムによって,ゼミコンテンツとゼミ後のタスクやタスクの成果物とを関連付け,蓄積された様々なコンテンツの情報を用いて発表資料を作成することができる.本章では,DRIPシステムによってより有意義なゼミができたかどうかを確認するために行った評価実験について述べる.

5.1 実験環境

DRIPシステムの有効性を確認するため,DRIPシステムを用いずに作成された発表資料を用いて行われたゼミとDRIPシステムを用いて作成された発表資料を用いて行われたゼミとの比較実験を行った.被験者は筆者らの所属する研究室の大学生・大学院生から発表者として2名,参加者として3名の計5名を選出した.発表の経験に差が出ないようにするため,筆者らの研究室に同時期に配属された2名を発表者として選出した.発表者をDRIPシステム利用者(以下,発表者A)と非利用者(以下,発表者B)に分け,それぞれの発表者は,自身の研究活動に関する発表を60分を目安に計5回行った(発表は4日から6日の間隔を空けて実施した).すべての発表はディスカッションレコーダを用いて行われ,発表者の利用できる発表資料はMicrosoft PowerPointのスライドファイルのみとした.また,書記による発言テキストの量や質の個人差を最小限にするため,すべてのゼミにおいて同じ被験者が書記を行うようにした.

それぞれの発表者に,ゼミ中は構造化リモコンを用いて,ゼミ後はディスカッションブラウザを用いてマーキングを施してもらった.また,発表者Aにはマーキングを施した後,DRIPシステムを用いてゼミコンテンツに対するタグの付与や,ノートの作成,発表資料の作成を行ってもらい,発表者BにはDRIPシステムを用いずに発表資料の作成を行ってもらった.また,ゼミが行われた直後にゼミの参加者に対してアンケートを行い,前回行われた議論が発表資料や発表内容に反映されているかどうかを確認してもらった.

また,発表内容に対する影響を最小限にするために,以下のことを考慮して実験を行った.

  • 発表者と参加者はゼミ以外の時間に発表内容に関する議論を行わないようにする.

  • 発表資料が作成される前に記入されたアンケートを回収し,発表者にはアンケート結果を公開しないようにする.

5.2 評価手法

本実験では,過去のゼミコンテンツをふまえた発表ができたかどうかを評価するため,直前のゼミで行われた発言の内容が次の発表に十分に反映されているかどうかを調べる.ここでは,直前のゼミで行った参加者の発言を,その内容と次の発表内容を照らし合わせながら,以下に示す5つのカテゴリに分類する.

  1. 次の発表に反映させてほしい内容であり,それが自分の意図どおりに反映されていた.

  2. 次の発表に反映させてほしい内容であり,スライドや発表内容で触れられてはいたが,自分の意図した内容に沿うものではなかった.

  3. 次の発表に反映させてほしい内容であるにもかかわらず,スライドや発表内容で触れられていなかった.

  4. 今すぐ反映してほしいわけではなく,今後反映されてほしい内容である.

  5. 単純な質問などのように上記のカテゴリにあてはまらない内容である.

本実験では,DRIPシステムの有無によって上記のカテゴリ,特に(1)や(2),(3)に該当する発言の数が異なるかを調べる.なお,(1)や(2),(3)のいずれかに該当する発言は,発表者が次の発表に反映させてほしい内容を含むものであるため,以下ではこれらをまとめて要対応発言と呼ぶ.(1)に該当する発言数が多い発表ほど有意義な発表ができたと考え,逆に(2)や(3)に該当する発言数が多い発表ほど有意義な発表ができなかったと考える.

以下ではこの分類を行うための手順について述べる.はじめに,発言者の「次の発表に反映してほしい」という意図を取得するため,1回目から4回目までのゼミが終了した直後,各参加者に直前のゼミで自身が行った発言の一覧を配布した.そして各参加者に,発言内容を思い出しながらそれぞれの発言を以下の3つに分類してもらった.

  1. 次の発表に反映させてほしい内容である(要対応発言).

  2. 今すぐ反映してほしいわけではなく,今後反映させてほしい内容である(カテゴリ(4)).

  3. 単純な質問のように上記のカテゴリにあてはまらない内容である(カテゴリ(5)).

そして,2回目以降のゼミが終了した直後,前述のアンケートとは別に,各参加者に前回のゼミで自身が行った発言の一覧と今回のゼミで使用された発表資料のハンドアウトを配布した.そして参加者に,発表内容を思い出しながら前回のゼミで自身が行った要対応発言を以下に示す3つに分類してもらった.

  1. 発言内容が自分の意図どおりに反映されていた(カテゴリ(1)).

  2. 発言内容についてスライドや発表内容で触れられてはいたが,自分の意図した内容に沿うものではなかった(カテゴリ(2)).

  3. 発言内容がスライドや発表内容で触れられていなかった(カテゴリ(3)).

最後に,それぞれのアンケート結果を集計することで,1回目から4回目までの発言を前述の5つのカテゴリに分類し,それらが直後の,2回目から5回目までの発表内容に反映されているかどうかを調べ,DRIPシステムの有無で比較を行った.

5.3 実験結果と考察

実験期間中に行われたゼミの時間を表に,各ゼミごとに作成されたゼミコンテンツに含まれる発言数および議論セグメントの数を表に示す.表の括弧内の数字は議論セグメントの数を表している.これらの結果から,発表者Aと発表者Bのゼミにかかった時間や,ゼミ中に行われた発言数にはそれほど差がないことが分かる.

実験で行われたゼミの時間(分)

図12: 実験で行われたゼミの時間(分)

ゼミ中に行われた発言数および議論セグメント数(括弧内は議論セグメント数)

図13: ゼミ中に行われた発言数および議論セグメント数(括弧内は議論セグメント数)

次に,2回目以降のゼミ後に参加者に行ってもらったアンケートの結果を図に示す(括弧付きの数字は前述した5つのカテゴリの番号と対応している).これは,各カテゴリに分類された発言数の割合の推移を発表者別に示したものである.この結果から,(2)に分類された発言がDRIPシステムを用いた発表者Aのゼミではまったく存在しないのに対して,DRIPシステムを用いなかった発表者Bのゼミにおいて全体の3割近く存在していることが分かる.つまり,発表者Bは前回の議論を発表内容に十分に反映できていなかったことを示している.原因として発表者BがReflectionに相当する作業を十分に行っていなかったため,反映すべき議論内容を誤って理解していた,もしくはその存在自体を忘れていたことが考えられる.

DRIPシステムの有無による発表内容に関するアンケート結果の差異

図14: DRIPシステムの有無による発表内容に関するアンケート結果の差異

全発言/要対応発言に対するマーキング数の比較

図15: 全発言/要対応発言に対するマーキング数の比較

ディスカッションブラウザにおけるゼミコンテンツの閲覧回数

図16: ディスカッションブラウザにおけるゼミコンテンツの閲覧回数

そこで,ゼミ中の全発言,および要対応発言に対して施されたマーキング数の割合(以下ではマーキング率と呼ぶ)を比較した結果を図に示す.なお,網掛け部分は,ゼミ後にディスカッションブラウザを用いて入力されたものの割合を示しており,それ以外はゼミ中に構造化リモコンを用いて入力されたものの割合を表している.図から,発表者Aの全発言へのマーキング率が発表者Bのそれをすべて上回っていることが分かる.これは,発表者Aは,DRIPシステムを用いてReflectionを行う必要があるため,積極的にマーキングを施したのに対して,発表者Bは,DRIPシステムを使用していないため,必要最小限のマーキングだけにとどまり,それ以上積極的にマーキングを施す動機づけが行われなかったと考えられる.このことは,発表者Bの1回目および2回目の要対応発言へのマーキング率が発表者Aのそれより低いことからも推測することができる(特に,1回目に関しては議論に集中していたために,ゼミ中のマーキングの入力を忘れていたと考えられる).それに対して,要対応発言に対するマーキング率は,3回目および4回目では両発表者との間にそれほど差がないことが分かる.それにもかかわらず,図において,発表者Bが発表者Aより過去の議論内容をふまえた発表ができていないのは,マーキング以降のReflectionが十分に行われていなかったからだと考えられる.次に,実験期間中における自身の発表に関するゼミコンテンツの閲覧回数を時系列順に示したものを図に示す.このグラフから,発表者Bがゼミの直前しかゼミコンテンツを見直していないのに対して,発表者Aは複数日にわたってゼミコンテンツを見直していることが分かる.このことから,マーキングやディスカッションブラウザでの閲覧だけを行っても十分なReflectionを行うことができなかったと考えられる.

発表者Bの未対応発言に対するマーキング

図17: 発表者Bの未対応発言に対するマーキング

次に,発表者Bのゼミでカテゴリ(2)もしくは(3)に分類された発言に対する,発表者Bのマーキング率を表に示す.これから,発表者Bは,(発表内容に反映された発言である(1)を除く)要対応発言に対して,ある程度マーキングを施しているにもかかわらず,その内容が十分に反映されていないことが分かる.前述のアンケートとは別に,実験後,参加者に対して1回目から4回目までの,カテゴリ(2)もしくは(3)に分類された発言をすべて見直してもらったところ,それぞれの発表において同じ内容について述べている発言があることが分かった.また,発表者Bはそのような発言に対してもマーキングを施していることが確認された.つまり,その重要性について認知はしていたが,それに対する回答を十分に考えていなかったと思われる.それに対して,発表者Aのゼミでは,カテゴリ(2)もしくは(3)に分類された発言がそれほど存在しないことから,DRIPシステムの持つ,ゼミコンテンツを引用しながらアイディアや知識をノートとして記録する機能によって,発表者のアイディアや知識の顕在化が促された可能性がある.

は,発表者AのDRIPシステムの利用ログを可視化したものであり,5回目のゼミを行う直前の時点の情報を表している.点線の枠で囲まれた箇所がゼミで使用された発表資料およびゼミコンテンツを表しており,そこからタグが付与された議論セグメント群(\maru{1})が発生し,さらにそれらを引用したノート群(\maru{2})が生まれ,それらが次のゼミへとつながっている様子が確認できる(図).なお,発表者AがDRIPシステムで本実験期間中に付与したタグの数は66個(重複を除く),コンテンツの引用によって生成されたリンク情報の数は58,作成されたノートの数は38個であった.このように過去のゼミコンテンツを引用しながらタスクの成果をノートとして記録していくことで,議論内容を十分に反映したタスクの遂行や発表ができ,その結果,図のように(1)に該当する発言数の割合がDRIPシステムを使わなかった発表者Bのものより全体的に多くなる結果につながったと思われる.

実験期間中にDRIPシステムを用いて記録されたコンテンツ間の関係

図18: 実験期間中にDRIPシステムを用いて記録されたコンテンツ間の関係

引用によって作成されたノートから次のゼミへのつながり

図19: 引用によって作成されたノートから次のゼミへのつながり

以上の結果より,DRIPシステムを用いることによって,過去の議論内容を十分に反映した発表ができることを確認した.ただし,本実験は短期間における,被験者の少ない小規模な実験であったため,今後被験者の数を増やし,より長期間にわたって評価実験を継続する予定である.また,今回の実験では,「○○について考えるべき」「○○するように実装するべき」といったように具体的な提案をともなう発言が多かったが,なかには具体的な解決策を持っているにもかかわらず,発表者に考える機会を与えるために「もっとよく考えるべき」と発言する可能性がある.そして,発表者が発言者の持っている解決策とは別のものを提案した場合,「もっとよく考えるべき」という過去の議論内容をふまえているにもかかわらず,その発言者はカテゴリ(2)に分類してしまう可能性がある.そのため,今後の実験ではカテゴリ(2)に分類する際の基準について,より深い考察が必要だと考えている.

6 DRIPシステムの応用

DRIPシステムでは,ゼミコンテンツやノートを引用しながら,スライドなどのコンテンツを作成する機能を有している.これにより蓄積されるコンテンツ情報,およびコンテンツ間のリンク情報は,ユーザのライフログととらえることができる.FertigらのLifestreamsやGemmellらのMyLifeBitsのように,人間の行動にかかわるコンテンツをすべて記録し,それに基づいて追体験したり,記憶の想起を促したりするライフログに関する研究は過去にも存在するが,引用のようなコンテンツの作成時における行動に基づいてコンテンツ間の関連情報を取得するものは少ない.

このような情報を効果的に閲覧できるインタフェースを実現することによって,そのユーザの研究活動に関する背景知識の獲得を支援することができる.活動を行っている本人が閲覧することで,現在までの活動の経緯やテーマにおける現在の活動の位置づけを確認したり,疎かにしたりしていることを確認できるため,より有意義な研究活動を行うことが期待できる.また,システム側からユーザに対して今やらなければならないタスクを推薦したり,活動の進捗状況を視覚的に分かりやすくユーザに提示したりすることも可能となる.

また,取得した情報を共有することで研究室内における知識の共有を支援できるだろう.たとえば,研究室内に存在するプロジェクトに初めて参加した人間は,そのプロジェクト内におけるこれまでの取り組みに関する知識はほとんどない.そのとき,先輩たちの研究活動に関する文脈情報を閲覧することでより深い理解を促すことができるだろう.このほかにも,自分と同じ議論セグメントを引用している人間を発見することで新たなコミュニケーションのきっかけにすることができ,発見された人間が引用している他のコンテンツを参照することで新たなアイディアを得るきっかけになる可能性もある.

そして,膨大な情報が共有されるような状況になれば,蓄積された情報から活発な議論を行うための方法論や円滑な研究活動を行うための方法論を発見することができるかもしれない.そのために,我々は本稿で提案したスライドの作成支援に限らず,DRIPシステムを我々の研究活動を円滑にするための様々な機能を実現するための基盤とすることを考えている.

7 おわりに

我々は,これまで大学研究室の研究活動において重要な役割を果たしているゼミにおいて,映像・音声情報やテキスト情報に加えて,会議参加者の情報や議論構造などの会議に関するメタデータを獲得・記録することで,再利用可能なゼミコンテンツを作成するディスカッションレコーダと呼ばれるシステムに関する研究・開発を行ってきた.そして,我々は研究活動の中で繰り返し行われるゼミをより活発かつ有意義なものにし,さらにはゼミ後に行われる様々なタスクにおいてより多くのアイディアが生み出されるような仕組みを実現するため,DRIP(Discussion-Reflection-Investigation-Preparation)システムと呼ばれるシステムを提案した.DRIPシステムは,ゼミコンテンツの引用やタグの付与による議論内容の要約・分類・整理を行いながらタスクの作成・保存を行う機能や,ゼミ後のタスクで得られた成果をコンテンツとして記録・保存する機能,蓄積されたゼミコンテンツをはじめとする様々なコンテンツを引用しながら発表資料を作成する機能を有している.そして,発表資料の作成支援に着目した評価実験を行い,DRIPシステムの妥当性の検証を行った.

本稿では,個人の研究活動を対象にしていたため,1名の利用者がReflectionを行うことを想定していた.しかし,新規に研究室に配属された学生のように,発表や研究活動そのものの経験の浅い利用者がReflectionを行った場合,その結果と参加者側の意図との間に齟齬が生じる可能性がある.そこで,Reflectionの結果を参加者間で共有することによって,参加者との齟齬を解消できるだけでなく,自身のReflectionの内容や方法に関する反省を促すことができると考えられる.そのため,今後はDRIPシステムで作成・蓄積された情報を共有できる仕組みの実現に取り組んでいく予定である.このほかにもDRIPシステムによって獲得された情報を用いて,過去の話題に関連した議論を促進する仕組みや,個人レベルを超えて集団レベルによる協調的な研究活動を支援する仕組みの実現に取り組んでいく予定である.