Introduction of Gamification for Discussion Mining
abstract
1 はじめに
近年、大学生の学力低下やコミュニケーション能力不足が大きな問題となっている。コミュニケーション能力という表現は多種多様の意味を持つが、その中でも議論能力は最も高度かつ複雑な技術を必要とするコミュニケーション能力の一形態であると考えられる。他者と互いの意見を主張し論じ合う議論能力は、あらゆる職種の社会的コミュニケーションにおいて重要であるだけでなく、会議のような意見交換の場において知識を獲得するためにも不可欠な能力である。しかし、対面する相手に異論を唱えることや、自分の意見を主張することは、大学生にとって必ずしも容易なことではなく、議論に参加する意欲も高いとは言えない。
また議論能力は複数の技術を総合した能力であるため、少数の単純な評価軸だけでは正確に評価することは困難である。大学において、議論能力を向上させるための教育を行うことは、社会に通用する人材を輩出するために非常に重要なことである。しかし、本来大学生が学ぶべき事柄は専門性の高い知識や技術に関することであり、一般教養としての議論能力を向上させる機会は乏しい。
筆者らは、ディスカッションマイニングと呼ばれる、人間同士の知識交換の場である対面式会議において、映像・音声情報やテキスト情報を記録し、それらに対する議論構造などのアノテーションを獲得することで、会議内容から再利用可能な知識を発見する技術に関する研究・開発を行っている。ディスカッションマイニングでは、映像・音声情報の他に、ミーティングに使用されたスライドの内容を解析し、書記によって参加者の発言を要約したテキストを入力し、その他の会議に関する様々なメタデータを記録している。メタデータには、例えば、ミーティングの開始・終了時間や、スライドの切り替わり時間、さらに会議中に行われた発言に関する情報が含まれる。
発言に関するメタデータとして、発言の開始時間・終了時間、発言者の情報、発言に対する評価情報(賛成・反対)、発言間の依存関係、発表資料と発言との対応関係(指示対象と発言の関係)などのデータを取得している。
ディスカッションマイニングによって記録される議論コンテンツを閲覧することにより、ユーザーは議論を振り返り知識を再獲得し、その後の研究の資源とすることができる。
しかし、ディスカッションマイニングによって記録される発言に関する情報だけでは、ミーティングに参加する大学生の議論能力の向上を計測することは困難である。発言に対する評価情報は賛成と反対の二種類のみであり、複数の技術の総合能力である議論能力を正確に評価することはできない。
また、ディスカッションマイニングによって記録される議論コンテンツは、自身が発表者である会議の議論内容のみを閲覧する場合が多く、他の参加者からは十分に活用されていないという問題がある。
本稿ではゲーミフィケーションと呼ばれる、ゲームではないアプリケーションやシステムにゲームのメカニズムを適用する手法をディスカッションマイニングに導入する試みについて述べる。ゲーミフィケーションには、システムを利用するモチベーションを高める効果があるため、議論にゲーミフィケーションを導入することにより、学生の議論への参加意欲が向上すると考えられる。また、議論能力を評価する仕組みをゲーミフィケーションとして導入することにより、ユーザーに負担を感じさせず、楽しんでお互いを評価し合うことが可能になると考えられる。さらに、議論コンテンツを利用したゲーミフィケーションの仕組みを導入することにより、従来のDMシステムの利用を促進することも期待できる。
2 ディスカッションマイニング
2.1 記録されるコンテンツ
ディスカッションマイニング(DM)システムが支援している会議スタイルは、発表者がスライドを表示しながらその説明を行い、発表の途中あるいは終了のタイミングで会議参加者との質疑応答が始まるというものである。DMシステムは、発表者によるスライド発表と続く参加者との質疑応答を分節して記録する。その結果、図1に示すようなコンテンツが記録・生成される。
すべての参加者はポインタリモコンと呼ばれる専用のデバイスを用いて、自分の発言に関するメタデータを入力する。具体的には、新しい話題に関する質問やコメントを発言する参加者は、自分の発言に導入タグを付与する。また、直前の発言に密接に関連した発言を行いたい場合は継続タグを付与する。さらに、スライドに対するポインタ指示場所・時刻の記録、発表中や質疑応答中の発言に対する賛成/反対ボタンの情報、重要箇所のマーキング情報も記録する。
また、記録されたデータを検索・閲覧するためのシステムも実現している。会議内容閲覧システムでは、日付や参加者情報から議事内容の検索、現在進行中の議論と類似した過去の議論の閲覧、議論の様子の効果的な可視化などが行える。
2.2 議論コンテンツへの構造化アノテーション
議論を話題単にに正しく分節し、話題セグメントとして取り出すため、発話ごと、文章ごと、発言ごとに人手でアノテーションを付与するのはコストの観点から現実的ではないだろう。しかし、自動的なアノテーション付与では十分な精度を達成するのは困難である。そこでDMシステムでは、会議中の参加者が負担にならない程度のコストでアノテーションを付与する仕組みを実現した。
会議に関するメタデータを取得する方法には、ミーティングブラウザのように自動認識技術を用いる方法と、会話量子化器のように人間がデバイスやツールを用いて入力する方法がある。前者の方法は、メタデータの取得時における人間の労力は非常に少ないが、必要な情報を計算機ですべて自動的に記録することは現状では困難である。発言のキーワード検索は可能であっても、閲覧した際に内容を十分に理解できるほどの情報量は持っていないだろう。そのため本研究では、これらのメタデータを人間と機械が協調的に入力する方法を採用している。
具体的には、図2のようなディスカッションルームに設置された複数のカメラとマイクロフォン、Webブラウザベースの発表者・書記用ツールを用いることで会議内容を記録する。また、ディスカッションルーム中央には発表資料やデモの様子を映し出すメインスクリーンが設置されており、その両側には現在発言している参加者の情報やカメラ映像を表示するためのサブスクリーンがある。
発表者は専用ツールを用いて発表用スライドをアップロードし、ミーティング中にスライドの切り替えタイミングを伝達することで、自動的にスライド情報が記録される。また、参加者は全員、前述のポインタリモコンと呼ばれるデバイスを用いる。このポインタリモコンを上に掲げることによって、発言者IDや発言者の座席位置に加え、発言の開始時間や発言タイプが記録される。また、発言の終了時間はリモコンのボタンの押下によって入力される。発言の開始・終了時間を取得することにより、発言ごとに映像・音声情報をセグメンテーションする。また、ポインタリモコンのボタンの押下によって、発言に対する態度(賛成あるいは反対)表明したり、自身にとって重要な意味を持つ発言に対してマーキングを付与することができる。
DMシステムでは、クロストークがないように参加者の発言の順番を制御するための仕組みとして、発言予約機能を備えている。誰かの発言中にポインタリモコンを上に掲げた場合は発言予約リストに加えられ、直前の発言が終了すると自動的に発言権が移る。発言の順番は、以下のルールに基づき変動する。
- 発表者の入力した予約は他の予約より優先される
- 導入と継続の予約が両方存在するときは、現在の話題を継続して行えるように継続の予約が優先される
この発言予約機能は、発言の順番を制御するだけでなく、より人間の意図を反映した議論構造を作成するためにも利用される。発言予約機能を利用せずに、発言タイプのみを利用した場合、作成される議論構造は導入発言を起点とするリスト構造となる。しかし、一つの発言の内容に対して複数人が様々な視点から意見を述べた場合の議論構造は、リスト構造ではなく木構造であると考えられる。そのため、DMシステムは、誰かが発言を行っている最中に「継続」の予約が追加された場合、その継続発言と現在行われている発言との間にリンク情報を生成する。つまり、発言中に複数の予約が追加された場合、一つの発言に複数の継続発言が連なる木構造自動的に作成される。
この場合の木構造の根は導入発言であり、それ以外は全て継続発言である。ある一つの発言に対して、同時に複数の継続発言が付くと木の分岐が増える。先行発言として継続発言が付くと木の枝が延び木が深くなる。
また、書記は専用のツールを用いて発言内容の記録を行う。このツールは各発言者のリモコンと連動しており、発言者が発言を開始すると、書記ツールに発言者と発言タイプの付与されたノードが自動生成される。書記はこのノードを選択することで議論コンテンツの発言内容を効率的に記録することができる。
3 ゲーミフィケーション
近年、ゲーミフィケーションという言葉が広く利用され始めている。ゲーミフィケーションとは、藤本によれば、「ゲームの要素を社会活動やサービスアプリケーションの開発に取り入れていく動き」である。しかしゲーミフィケーションの概念自体は決して新しいものではなく、以前から様々なサービスに活用されている。例えば、商店のポイントカードや、ブログのアクセスランキングなどもゲーミフィケーションである。2010年代に入り、そうしたゲーム要素を活用する手法一般をゲーミフィケーションと呼んでいる。
3.1 ゲームメカニクス
ゲームが持つユーザーを惹きつける仕組みをゲームメカニクスと呼ぶ。ゲームメカニクスの例として、foursquareで導入されているバッジがある。バッジとは、ユーザーがサービスを利用する際に一定の条件を満たすことによって獲得できるもので、ユーザーにとって達成感や所有欲を感じられる一種の証である。ユーザーはバッジを所有することにより、サービスに愛着を持つという効果もある。
Nike+はユーザーの走った情報を可視化するというゲームメカニクスを利用している。走ったルート、距離、ペース、消費カロリーなど、詳細な情報を分かりやすくユーザーに提示することにより、ユーザーのモチベーションを維持することができる。
Janeは、ゲームには以下の四つの重要な特徴があると述べている。
- 目標:目的意識のために働くことができるような具体的な目標
- ルール:特定境界内において創造性を刺激されるようなルール
- 可視化:自分が目標に向かって何をしているかが分かるフィードバック
- 自発的な参加:目標、ルール、可視化の自発的な受け入れ
ゲームメカニクスはこれらを具体化するものである。例えば、foursquareのバッジは獲得することが目標であり、獲得したバッジを閲覧できることは可視化と言える。Nike+の走行情報の提示はまさに可視化である。さらに、ユーザーが可視化情報を頼りに、次の走行距離などの目標を決めることもできる。
ゲームメカニクスを教育に導入している例もある。Reetは授業中の議論にバッジまたはレベル、ランキング、プログレスバー、報酬、ユーザー間の競争などのゲームメカニクスを取り入れることにより、多くの学生の参加意欲が向上することを示している。しかし、複数のゲームメカニクスのうち、どれが参加意欲の向上に強く寄与しているか分析できていない問題もある。
とはいえ、Aaronはゲーミフィケーションを利用した教育はまだ初期の段階にあり、効果的かどうかは今後も実験を続けていかなければ分からないと述べている。
Joeyらは、ゲーミフィケーションが教育に与える効果は高いとしつつも、同時にリスクを持つ点にも言及している。生徒らは現実的な報酬を得られるような教育にしか学習意欲を持たなくなる可能性があり、また、面白いと思ってもらうには生徒らに、経験、失敗、多様な個性の発達、投資や経験をコントロールする自由が必要であると述べている。
3.2 ゲーミフィケーション・フレームワーク
ゲーミフィケーションとは、ゲームメカニクスをシステムやサービスに導入することであるが、バッジなどの仕組みを単に取り入れるだけでは大きな効果は得られない。ゲームメカニクスの本質とは、人間の行動をモチベートし、興味を抱かせるための工夫である。ゲームメカニクスをシステムやサービスに適切に導入するために検討すべき要素をまとめたものをゲーミフィケーション・フレームワークと呼ぶ。井上が提唱するゲーミフィケーション・フレームワークをベースとし、さらにゲーミフィケーション研究所が提案するゲーミフィケーション十一元素等を参考にし、情報技術により実現可能なフレームワークとなるよう、要素を合成・削除した新たなゲーミフィケーション・フレームワークを提案する。
本稿が提唱するゲーミフィケーション・フレームワークは以下の7つからなる。
1.目標
目標とは、ユーザーに継続して興味を持ち続けてもらうための仕組みである。目標は複数の段階に分かれており、最終的に目指すゴールともいえる目標と、もっと間近に達成を目指す目標があり、さらにその中間的な目標も存在する場合がある。ユーザーは直近の目標の達成を繰り返すことで、最終的にゴールに向かうことが可能となる。
2.可視化
サービスを利用するユーザーが、自分自身が今どういう状況にあるのか、今後何をすべきなのか、といった情報が可視化され確認できることにより、ユーザーに行動指針を与えることができる。可視化には、即時的なフィードバックと、いつでも現状を確認可能な仕組みの二種類がある。
3.ルール
ユーザーを抑制することにより、ゲームとしての面白さを生みだすことができる。段階的な目標など、ユーザーに一定の過程を経ることを強要することにより、持続した興味や達成感を与えることができる。また、ユーザー同士が対等の条件で競い合うことにより、平等に協力・競争を楽しむことができる。
4.デザイン
システムの全体像を魅力的に仕上げ、システムの利用による報酬をユーザーに演出して見せることにより、ユーザーはそのシステムに愛着を持ち、より積極的に利用しようとする効果が期待できる。
5.ソーシャル
ソーシャルとは、システムのユーザー同士の協力や競争を促す仕組みである。ユーザー同士にお互いのつながりを意識させることにより、ユーザーは共同作業による喜びや、相手に負けたくないといった競争心を感じ、よりシステムの利用に積極的になると考えられる。
6.チュートリアル
チュートリアルとは、初めてシステムを利用するユーザーに分かりやすく使い方を教えると同時に、ユーザーはシステムを利用して得られる達成感を容易に味わうことにより、更なる利用へのモチベーションを高めることができる。
7.難易度調整
目標の達成難度が著しく高い場合、または低い場合、ユーザーがシステムを利用するモチベーションは急速に減衰するため、適切な難易度の目標が連続してユーザーに提示される必要がある。また、目標だけでなく、ソーシャル要素である競争の仕組みにおいても同じである。競争の際に、ユーザー間の能力差が開いており、すぐにその差を埋めることが困難である場合、ユーザーに劣等感を抱かせることになる。ユーザーに工夫次第で上位者にも勝てるような仕組みや成長するモチベーションを抱かせるような仕組みを提供する必要がある。
本稿が提唱するゲーミフィケーション・フレームワークには、一般的なゲーミフィケーション手法に存在する「自主・自律」という要素は含まれない。ユーザーが自主・自律的に行動する状況は、議論という場においてシステムがユーザーに強要するものではなく、システム全体を魅力的なものにするに伴って、自然に発生するものと考えられるためである。
4 ゲーミフィケーテッド・ディスカッション
DMシステムにゲーミフィケーションを導入した議論形態を本稿ではゲーミフィケーテッド・ディスカッション(以下GD)と呼ぶ。本章では、GDが目指す議論システムについて述べる。
4.1 議論のゲーミフィケーション
GDの目的は、議論参加者の議論能力の向上とその評価、また議論参加者の議論参加へのモチベーションの向上である。これらを実現するために、ゲーミフィケーション・フレームワークに基づいて、DMシステムにゲーミフィケーションを導入する。
ゲーミフィケーション・フレームワークの七要素について、DMシステムに導入する仕組みについて述べる。
1.目標
大学の研究室で行われる議論の目的は、意見交換により研究内容を改善し今後の方針を決定することと、学生の議論能力を向上させることの二つに分けられる。学生の議論能力が向上すれば、研究をより良くするための議論が効果的に行われるであろうという前提のもと、ここでは学生の議論能力を向上させることに着目し、これをGDの最終的な目標とする。
最終的な目標に至るための段階的な目標要素として、分解された議論能力の向上が考えられる。分解された議論能力とは、例えば、「大きな声で発言できる」といった基本的な能力から「最終的に議論をまとめられる」といった高度な能力まである。議論参加者は細かく分解された議論能力の中から向上させたい能力を自律的に目標とし、意識的に発言を行うことで議論能力の向上を目指す。
2.可視化
GDの参加者は分解された議論能力を独立に一つずつ習得していく過程を把握することにより、議論能力の向上を自覚し、達成感を得ることができる。そのために、議論能力の向上をリアルタイムに知らせる仕組み、また後から自身の議論能力の向上度合いを確認できる仕組みが必要となる。
3.ルール
議論能力を機械的に評価する場合、発言内容の意味的な評価は困難であり、発言数や声量といった量的な評価しかできないため、議論に参加する人間同士がお互いの発言内容の意味的な評価を行う。また、議論全体を通して他者を評価するのではなく、一発言毎に評価を行うことにより、学生の発言回数の増加を狙う。
4.デザイン
議論能力が向上したことを明確に知ることができれば、学生は自身の議論能力の向上を自覚し、達成感を得ることができる。一発言毎に議論能力を十分に習得できているという評価が得られるような仕組みを導入する。
5.ソーシャル
Webページを利用して、議論能力の習得度合いを確認できる仕組みを導入し、ユーザー同士が議論能力を比較し合い、互いに競争意欲を持たせる。また、他人の議論能力の高い発言を振り返り、自身の発言の参考にすることも可能となる。
6.チュートリアル
研究室に所属して初めてミーティングに参加する学生にとってGDは、既存のDMシステムだけでなく新たなゲーミフィケーションの要素も理解する必要があり、積極的に議論に参加できる状況とは言えない。そこで、それぞれのシステムの使い方を理解することもゲーミフィケーションにおける一つの目標とし、丁寧な指針を提示することで、システム理解の促進を図る。
7.難易度調整
GDの利用者は教員と学生の二種類に大別される。また議論能力という観点においては、学生の中でも、長期間研究室に所属する学生とそうでない学生の間には大きな差があると考えられる。GDの利用者を区分する新たな指標として議論レベルという概念を導入する。議論レベルとは、議論能力の習得度合いを分かり易く数値化したものである。議論レベルによって目指すべき目標の難易度や複雑さが変わる仕組みを導入することにより、個人に適した目標を選択することが可能となる。
ゲーミフィケーションを導入する上で注意しなければならない観点は、個人の能力差による劣等感への配慮である。個人の能力が数値化され、共有される状況は、一部の人間に対して達成感や優越感を演出する一方で、その他の人間に劣等感を抱かせ、モチベーションを著しく減衰させる要因となりかねない。個人の能力は一つの評価基準で決定されるものではなく、多種多様な能力の組み合わせであるため、それぞれの特性を適切に評価し、個人の苦手としている部分だけでなく得意としている部分を明確に自覚できるようにすることによる達成感の演出を狙う必要がある。
4.2 議論コンテンツの利用
一般的な議論の場では、議論コンテンツが正確かつ十分に記録されない場合が多く、ゲーミフィケーションを導入しても、バッジやランキングなどの表面的なゲームメカニクスを取り入れることしかできないと考えられる。GDシステムには、DMシステムが前提として存在するため、議論コンテンツを利用することにより、議論の本質的な部分にゲーミフィケーションを導入することが可能となる。例えば、議論能力の高い発言を容易に閲覧することができ、さらにその発言の前後の議論も同時に振り返ることができれば、ある議論の流れにおいて議論能力の高い発言を手本として確認することが可能となる。
また、DMシステムによって記録される議論コンテンツを利用することにより、GDのモチベート効果を向上させることができると考えられる。例えば、議論を要約した際に、議論能力が高いために重要な発言として他のユーザーに参考にされれば、参考にされたユーザーは達成感や満足感を得ることができる。
議論コンテンツによりゲーミフィケーションが有効に作用し、またゲーミフィケーションを導入することにより今まで十分に活用されていなかった議論コンテンツの利用の幅が広がると考えられる。DMとGDのシステムの相互作用によって、より質の高い議論コンテンツの記録や、学生の成長を促進することが可能となる。
5 議論能力の評価と可視化
5.1 議論能力の分類
日本ディベート協会は議論に必要な能力、あるいは議論によって身に付く能力を以下の4点に分類している。
- 理解力
- 分析力
- 構成力
- 伝達力
理解力とは、議題の背景、相手の発言内容、意図を理解する能力である。分析力とは、議論内容を理解したうえで、相手の発言に矛盾や曖昧な部分がないかを分析する能力である。構成力とは、自らの発言内容を分かりやすく、説得力があるように構成する能力である。伝達力とは、相手が理解しやすいように、話し方や態度、ジェスチャーなどに工夫を加える能力である。
以上の4分類を議論能力を大まかに分類するカテゴリとし、各カテゴリに属する議論能力をさらに細かく分類した。理解力カテゴリは「意見を言える」「質問ができる」など計10個に分類した。分析力カテゴリは「批判意見を言える」「曖昧な部分を質問できる」などの計28個に分類した。構成力カテゴリは「意見の理由を述べて発言できる」「簡潔に質問できる」などの計11個に分類した。伝達力カテゴリは「大きな声で発言できる」「平易な言葉を用いて発言できる」などの計26個に分類した。
さらに、DMシステムを利用する議論の参加者には、リモコン操作による発言予約やエレメントの選択などの能力が必要となる。滞りなく議論を行うためには、これらの操作を正確かつスムーズに行う必要があるため、DMシステムを扱う能力についても議論能力の一分類とした。これをDM力と呼び、DM力カテゴリは「発言予約に手間取らずに発言できる」「スクリーン上の要素を指示して発言できる」などの計8個に分類した。
以上の5つのカテゴリに属する計83の能力が、それぞれ包含関係にあるかどうかを調査し、包含関係にある2つの能力の部分集合にあたる能力を下位能力とし、もう一方を上位能力とした。議論能力をそれぞれノードとし、包含関係にある2つの能力のノードを線分で結んだグラフを作成した。これを議論能力グラフと呼ぶ(図3)。
5.2 目標設定と達成のサイクル
GDの最終的な目標は、議論参加者の議論能力が十分に向上することである。議論能力グラフを利用し、細かく分類された議論能力を一つずつ習得していくことにより、最終的に総合的な議論能力が向上することが期待できる。
分類した83個の議論能力は、発言の内容に関する能力がほとんどであり、これらを適切に評価するためには、人間による評価が必要となる。
GDの参加者は、事前に習得したい議論能力を一つ目標として選択し発言する。発言中に他の参加者が発言者の設定した目標を評価することにより、発言者は発言終了後に目標を習得できているかどうかを判断する。発言者は目標を十分達成した、あるいは現状では達成できそうにない、などを判断し別の目標に変更することができる。
目標設定・変更と達成を繰り返すことにより、GD参加者は目指すべき発言内容を意識しながら発言し、自身の議論能力の向上を確認することが可能となる。
5.3 発言評価インタフェース
発表者と書記を除くGDの参加者は、全員がタブレットデバイスなどを一人一台所有し、議論に参加する。各自のタブレットデバイスから、ブラウザアプリとして作成された発言評価インタフェースにアクセスし、議論中に行われた発言に対し、その議論能力を評価することができる。発言評価インタフェースは、発言者がいない間は議論を阻害しないよう何も表示されないが、誰かが発言を行うと、自動的に画面が切り替わり、図4のように星マークによって表現された五段階評価の画面となる。
GD参加者は、発言評価インタフェースに表示された発言者の目標を確認しながら発言者の発言を聞き、目標が達成できているかどうかを五段階で評価する。五段階評価は一から順に「できていない」「少しできている」「中程度できている」「よくできている」「とてもよくできている」とした。評価点数は逐一サーバーに送信され記録される。発言者が発言が終了すると、手元のタブレットデバイスに自身の目標に対する評価の平均点が表示される。発言者は評価点数を確認して、再度発言を行うか、目標を変更するか、などの判断を行う。
発言評価インタフェースには「評価しない」ボタンがある。「評価しない」ボタンは、議論に集中するあまり評価が行えなかった場合や、目標と関係のない発言が行われた場合などに押すためのボタンである。「評価しない」ボタンが押された場合、評価点数は送信されず、平均点計算の母数に含まない。
5.4 議論能力の可視化
GDのユーザーが、議論能力の習得状況についていつでも確認可能なマイページを用意した(図5)。
マイページはWebブラウザから閲覧可能であり、自他の議論能力の習得状況の確認だけでなく、自身の目標変更も可能である。図6のように議論能力グラフを閲覧し、自他の評価点数などを確認しながら、次に目標とする議論能力を選択することができる。
マイページは、現状では議論能力の確認や目標設定としてのみ利用されているが、今後はバッジやランキングといった可視化・ソーシャルの仕組みを実装するなどして、幅広く活用できるページに改良していくことを目指している。
6 今後の課題
本稿では、DMシステムにゲーミフィケーションを導入したGDシステムの全体像と、現在の開発状況として目標となる議論能力の評価方法や可視化方法について述べた。今後の課題としては、ゲーミフィケーション・フレームワークにおけるデザイン、ソーシャル、チュートリアル、難易度調整について検討し、現状のGDシステムに取り込み、運用・データ収集するとともに、ゲーミフィケーションの効果について分析していく必要がある。また、現在のGDにおける議論能力は、発言に伴って評価可能な議論能力のみを対象としているが、発表者のスライド作成技術や書記の適切な要約など、発言には表れない議論能力についてもゲーミフィケーションを活用する方法を模索していく必要がある。
GDの目的として、議論参加者の議論能力の向上と議論参加へのモチベーション向上が挙げられる。議論参加者には、研究室に所属する大学生だけでなく教員も含まれるが、教員の議論に参加する目的は、自身の議論能力の向上よりも、学生を成長させることにある。教員の議論参加へのモチベーションをより向上させるためには、学生の成長にどれだけ寄与できたかといった点を可視化することが重要であると考えられる。
また、これら個別の議論能力が向上した際に、総合的な議論能力がどれだけ向上したかを評価する指標を用意し、議論参加者の議論能力が最終的に向上したかどうかを分析する必要がある。